第38話

「なっ――」


 魔術師団長のとんでもないでっち上げに、私は言葉を失った。


「それは本当ですか?」


(えっ!)


 ヘンリー殿下が魔術師団長に尋ねる。


(まさか、ヘンリー殿下に限ってそんな話、信じないよね?)


 アドの方を見れば、彼も黙って何も言わない。


(えっ……)


 空気が何だかおかしい。


「ミューさん……」


 隣のアークが心配そうにこちらを見たので、私は無理に笑ってみせた。


「クリスティー嬢、ここに」


 魔術師団長が合図をすると、控室の扉が開かれ、クリスティーが前に歩み出た。


 先程まで着ていた綺麗なドレスが引き裂かれ、顔や腕には擦り傷がある。そんな彼女を支えるようにアンリ様が付き添っている。


 クリスティーの変わり果てた姿を見て驚いていると、魔術師団長が高らかに叫んだ。


「妹のクリスティー嬢に嫉妬したこの女は、クラリオン伯爵家の別荘に押しかけ、あろうことか彼女を襲ったのです!」


(そうか、あそこ、クラリオン伯爵家の別荘だったのか……って、それどころじゃない!)


 知らない場所に連れて行かれ、魔法で天井に穴まで空けてしまったあのお屋敷を思い出すも、我に返る。


「そもそも、アンリ・クラリオン伯爵子息がクリスティー嬢の婚約者では?」


 何も言わない陛下に代わり、ヘンリー殿下が質問をする。


「クラリオンとは円満に婚約を破棄しております。陛下が、我が魔術師団の優秀なクリスティー嬢をどうしてもアドリア殿下の婚約者に、と望まれましたので」


 魔術師団長の瞳がギラリと光り、私は何故か身震いをする。妖しくも笑顔を崩さない魔術師団長に怖くなった。


「では、なぜクリスティー嬢はクラリオン伯爵家の別荘に?」

「私が身を隠し、守るようにアンリ・クラリオンに命じました! しかし、この女は上司のドロー侯爵を脅し、情報を手にしたようでして」

「なっ……」


 やれやれ、とわざとらしく困った表情を見せる魔術師団長に私はカッとなる。


 アロイス様の方を見れば、彼からは目を逸らされてしまった。


「そんな……」


 アドに助けを求めてくれたのに、否定をしてくれないアロイス様に悲しくなる。


「事の顛末は以上です。この女に唆されたアドリア殿下におかれましては、我が魔術師団でしっかりとお預かりし、立派な魔法騎士に育ててみせましょう」

「そうか」


 魔術師団長の言葉に陛下は頷いた。


「殿下には早急にクリスティー嬢と婚約していただき、しっかりと足場を固めていただくのがよろしいかと」

「魔術師団長の言う通りだ。そのように取り図ろう」


(陛下……!?)


 魔術師団長の言うことを鵜呑みにする陛下に、私は信じられない気持ちで見上げた。


(さっきまで、あんなにアドの成長を眩しそうに見つめていてのに……!)


「私は、お姉様に極刑を求めます!」

「……王子の婚約者に危害を加えたのだから当然だな。魔術師団長……」


(なっ――――!?)


 クリスティーの訴えに、陛下が魔術師団長に目で合図をする。


「ミューさん!!」


 アークの声だけがその場に響いた。


 誰も私を見ない。声を聞かない。


「牢獄に連れて行け!」


 魔術師団長がそう叫んだ時、アドと目が合う。


(あ――――――――)


 アドが何を求めているのか手に取るようにわかった。


 私は最速で詠唱を唱え、突風を起こした。


「ローブの下です!!」


 ゴオッという私の魔法と同時にアロイス様が叫んだ。アドが素早く突風で目をくらませた魔術師団長に詰め寄ると、彼のめくれたローブ下からブローチを引きちぎった。


「父上! あなたはこの魔術師団長に暗示をかけられていました! この魔法石が証拠です!」


 ブローチを掲げ、アドが叫ぶ。


「魔術師団長を捕らえろ!」


 魔法騎士団長様の号令で魔法騎士団たちが魔術師団長、クリスティー、アンリ様の周りを囲んだ。


「な、な……」


 状況を飲み込めず、震える魔術師団長にヘンリー殿下が近付いて言った。


「魔法石はイリス嬢と魔法騎士団で厳重に管理されている物。一つ一つにシリアルナンバーが施され、壊れたら廃棄までも記録されています。これは、研究棟から盗まれた魔法石。そうですね、クラウド?」

「はい」


 ヘンリー殿下の質問に魔法騎士団長様が端的に返事をする。


「アドリアの魔力を封じるまじないを施したのも貴方でしたね。得意の魔術をより高め、父上から都合のいい合意を得るためにこの魔法石を盗み出し、時間をかけて暗示にかけた」


 ヘンリー殿下の追求に、魔術師団長は落ち着きを取り戻しながら言った。


「まさか! 私はよかれと思うことを陛下に進言していたまでです! まさか、そんな恐ろしい物だったとは……! そうだ、この魔法石は確か、ドロー侯爵に贈られたものでした。まさか彼が私を貶めようとしていたのではないですか? 研究棟は魔術師団と違って日の目を見ませんから」


 鮮やかにドロイス様に罪を擦り付けようとする魔術師団長に、私は腹が立った。


 でもアドが「まだ動くな」と目で言っている。


 私はアドを信じて、ぐっと堪えた。


「だ、そうですが? ドロー研究棟室長」


 アロイス様の方にヘンリー殿下が顔を向ける。


「わたし……は魔術師団長に脅されていました」


 辿々しくアロイス様が言うと、魔術師団長が高らかに笑う。


「これは心外な! まさかこの私に罪を擦り付けようとは! 魔法省のお荷物部署の室長と、魔術師団長の私、皆はどちらを信じるでしょうねえ?」


 魔術師団長の笑い声が響く中、アロイス様が胸ポケットの万年筆を取り出した。そのキャップを捻り、中のボタンのような物を押すと――


『ドロー、殿下の家庭教師になったあの女を連れ出せ』

『そんな……ミュリエルさんには手を出さないでください……』

『黙れ! 研究棟がどうなってもいいのか!?』

『そんなっ……魔法石を盗み出せば予算を回してくださるお約束じゃ……』

『ああ。陛下に暗示をかけてあの第二王子をもうすぐ手中に収められるはずだったのに、お前のところの落ちこぼれが邪魔をしたんだろ! 償ってもらうぞ!』

『そんな……』

『まあクリスティーと第二王子が婚約すれば、魔法省も思いのまま。あの目障りな魔法騎士団も縮小に追いやってくれよう』

『貴方はっ、魔法省の研究棟の予算さえ裏から手を回して奪っておいて、まだ何を望むって言うんですか!?』

『愚問だよ、ドロー。私は魔法省のトップに立つ。言うことを聞いていれば研究棟も存続させてやる。それとも、全員、路頭に迷わせるか?』

『…………わかりました……』


 万年筆からは、アロイス様と魔術師団長のやり取りが流れてきた。


「な……、な?」


 突然の出来事に、流石の魔術師団長も焦りの表情を見せている。


「信じられない……私が、暗示にかけられていただと?」

「父上」


 我に返った陛下がまだぼんやりとした表情で言った。


「魔術師団長を捕らえて牢に連れて行け!」

「そんな……! 陛下!」


 魔法騎士団に拘束され、魔術師団長が縋るように叫ぶ。アドが彼の前に立ちはだかった。


「お前は騎士団も研究棟も軽く見すぎたな」

「はっ……偉そうに。魔力だけ高い、お飾りの王子が!」


 アドの言葉に魔術師団長がバカにして笑った。私はそれが許せなかった。


「アドはお飾りなんかじゃない!!」

「全部、お前のせいだ――落ちこぼれが――――」


 魔法騎士団からするりと拘束を抜け、魔術師団長が私に向かう。


 大きな魔法陣を描き、私をめがける魔術師団長。


(さすがに防ぐだけで精一杯か――)


 極めて冷静に魔法陣を弾き出す。


「やりたいようにやれよ」


 アドと目が合う。


「うん!!」


 私は瞬時に防御魔法をやめて、攻撃魔法を描いた。


「死ねえええ!」


 魔術師団長がすごい形相で魔法を放った。


 防御を任せたアドの魔法が発動する。パアン、と弾けた魔法を確認し、素早く魔術師団長に私は魔法を放つ。


 ドオン、と魔術師団長の横に魔法が落ち、彼は尻もちをついた。


「ははは……やっぱり落ちこぼれ……外して……」


 顔を引くつかせる魔術師団長に私は思いっきり拳を奮った。


 バキッ、と音がして魔術師団長が床に倒れ込む。


「私の教え子を馬鹿にして、許さないんだから!」


 目を回す魔術師団長に私の声は届かない。


「ははっ……、さすが、俺の家庭教師」


 私の隣では、初めて見せた時のように、アドが無邪気に笑っていた。


 

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