第37話

 馬車に乗せられ王城に連れて行かれた私たちは、すぐさま玉座の間に集められた。


 魔法省の各責任者と騎士団の隊長さん、アド、私、アークが国王陛下とヘンリー王太子殿下の前で頭を下げる。


「アドリア、今回の騒ぎ、どういうことか説明してもらおうか」


 国王陛下の重厚な声にビリビリと身体が痺れる。


 皆頭を下げる中、アドだけが立っていたが、その瞳はしっかりと国王陛下お父様を見つめている。


「俺の家庭教師が魔術師団の奴らに攫われて殺されそうだったから、騎士団の力も借りた」

「なっ――――、殿下、それは言いがかりです!」


 アドの説明に魔術師団長が頭を上げて否定する。それを国王陛下は手で制すると、アドに視線をやった。


「……真偽はともかく、魔法省管轄の騎士団をお前個人の都合で動かしたのは紛れもない事実。たった一人の家庭教師のために、お前がしたことは王族として褒められたことではない」


 陛下の厳しい言葉に、私は不安になってアドを見る。初めて謁見したとき、二人は言い合いになっていた。


 でも私の不安はよそに、アドは食ってかかることも、怒って言い返すこともなく、落ち着いた瞳で陛下を見つめた。


「親父……陛下、俺は、この国の魔法騎士団の副団長になります。魔法騎士団は国民を守るのが仕事だろ。大事な女一人も守れなくて、俺は副団長になんてなれない」


 アドの言葉にドキン、と胸が跳ねる。


 大事な女、という言葉もそうだけど、お父様相手にしっかりと自分の意見を述べるアドに、見惚れてしまった。


(かっこいい……かっこいいよ、アド……)


 凛々しい姿のアドに私は釘付けになる。それは国王陛下もそうだった。驚いた表情でアドを凝視したが、すぐに威厳のある表情に戻る。


「騎士団を独断で動かしてまでか?」

「俺だけじゃ足りない力を騎士団に貸してもらっただけだ。騎士団の奴らは悪くない。罰が必要なら、俺だけが受ける」


 すっかり大人の顔で、陛下に言い切るアドが眩しく感じた。そんなアドに気圧された国王陛下が言葉を発しようとすると、隊長さんが前に出た。


「陛下! 恐れながら、私たちは私たちの意思でアドリア殿下に手を貸したいと思いました。人の命がかかっていたら、魔法省の許可などなくとも動くべきだと存じます」

「デレル伯爵か……お前は昔からアドリアに甘い」


 隊長さんの訴えに陛下は視線を向けると、わずかに眉を下げて言った。


「それに、ミュリエル嬢とアドリア殿下のここ二ヶ月の努力を見てきた騎士団としては、二人を最後まで応援したいのです」

「隊長さん……」


 隊長さんの言葉にジーンとしていると、隣のアークもにかっと笑ってみせた。


「僕たち、二人の味方だからね」

「アーク……」


 二人の温かい言葉が胸に染みる。きっとアドにも届いているだろう。


「……ミュリエル嬢」

「は、はいっ!」


 目を閉じ、こちらに顔を向ける陛下に慌てて返事をした。


「大事は無かったか?」

「……! は、はい! アド……リア殿下が助けてくださったので」


 優しい声色で私を気遣う陛下に、恐縮しながらも答えた。


「……そうか。アドリア、周りに当たり散らすばかりだったお前が、いつの間にそんな目をするようになったのか……」


 殿下は私に微笑むと、目を細めてアドを見つめた。


「父上、アドリアは自身の力を省み、周りに頼ることも覚えたようですよ」

「うむ……」


 陛下の隣にいたヘンリー殿下がくすりと笑って言った。


「アドリアにはこんなにも支えてくれる人財がいる。それは魔法騎士団副団長になる弟の最大の強みになるでしょう。ね、魔法騎士団長?」


 ヘンリー殿下が魔法騎士団長様に目線をやると、彼は穏やかに笑って頷いた。


 私が思っていたことを、実際にヘンリー殿下が口にしてくださり、魔法騎士団長様も肯定してくれた。私は感動で胸がいっぱいになる。


「それに、アドリア殿下は次期副団長ですが、その立場を行使されることなく、きちんと私に書類を提出されていかれましたよ。許可も出しました」

「何!?」


 魔法騎士団長様が一枚の紙をぺらりと差し出すと、国王陛下と魔術師団長が驚いて見やる。


「……アドリア、なぜ先に説明をしなかった」


 陛下は驚いた表情のまま、アドを見る。


「親父にはちゃんと伝えたかった。俺の気持ちを先に」


(アド……)


 陛下とちゃんと話せると良いね、と伝えた時、アドは面倒くさそうな顔をしていた。


 でも今は、きちんと国王陛下に向き合って、喧嘩になることなく自分の気持ちをしっかりと伝えている。


「本当に……見違えたな」


 陛下はそんなアドを眩しそうに、嬉しそうに目を細めて言った。その隣ではヘンリー殿下がこちらを見てウインクしてみせた。


「ラヴァエール、貴様、焼きでも回ったか? まさか、殿下のこんな茶番に付き合うなんて……!」


 優しい空気を割るようにして、許可証を見ていた魔術師団長が叫んだ。


「私は適切な対応をしたまでですよ」

「はっ……! 判断を間違えたようだな! 所詮若造の団長だ。よっぽどその座を追われたいらしい」


 魔術師団長は顔を歪めて笑うと、陛下に向き直った。


「陛下、そもそも我々がこの家庭教師を殺そうとしたという、殿下の言い分が冤罪なのです!」

「なっ――」


 魔術師団長の言葉に私は驚いて抗議しようとするも、隊長さんに制された。


「このミュリエル・シルヴァランは伯爵家を勘当され、平民同然の女です。上手くアドリア殿下に取り入ったようですが、魔力量も少ない落ちこぼれが一体、どんな手を使ったのやら」

「何言ってんだ、コイツ!」

「アーク! いいから」


 ニヤニヤと下世話な表情を見せる魔術師団長にアークが怒ってくれたが、私は彼を止める。


 家庭教師になった経緯は、ここにいる全員が知っている。なのにいまさら、なぜこんなことを言うのか。


「この女は、我が魔術師団にいる妹、クリスティー嬢に嫉妬して今回の騒ぎを起こしたのです」

「なっ――」


 魔術師団長の説明に、驚いて言葉が出てこない。そんな私に勝ち誇ったかのように笑うと、魔術師団長は続けた。


「アドリア殿下とクリスティー嬢の婚約は、陛下と私が進めてきた重要事項です。それをこの女が家庭教師の座を追われると焦り、今回の暴挙に出たのです!」


 

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