第9話
「魔法騎士団の入団試験は、魔法と剣術を交えた実践形式の試合になります」
「はい……!」
ヘンリー殿下の計らいで、私たちはグレイのお兄さんである、クラウド魔法騎士団長に入団試験の話を聞いていた。
「筆記試験は無いのですが……」
心配そうに私を見る騎士団長はけしてバカにしているわけではないとわかった。
(良かった。やっぱりグレイのお兄さんだわ。研究棟をバカにする人たちの視線とは違う)
「大丈夫です。アドは魔法量が多いらしいし、呪文の詠唱と構築をしっかり学べば……」
説明する私の顔を、騎士団長が優しく見ていたことに気付き、私は言葉を止めてしまった。
「ああ、失礼。貴方のことは弟やイリス嬢からよく聞いていたもので」
穏やかで紳士な態度に、私はほう、と溜息を吐く。
(侯爵家で、実質魔法省のトップとも言えるお方なのに、なんて素敵なの!)
「おい、もう良いだろ。行くぞ」
呆けていた私の横にアドが来ると、腕を引かれる。
「ちょっと、あんたの試験の話でしょ」
「話は聞いてたよ!」
アドを嗜めるように言えば、彼は不機嫌に答えた。
(何でこんな機嫌悪いの? 話は通ったのに)
不可解さに首を傾げていると、騎士団長はくすりと笑ってアドに視線を向けた。
「殿下が副団長の座に前向きになられて嬉しいです。あんなに嫌がっておられたのに」
「えっ」
ぐりん、とアドを見れば、彼は眉を寄せて顔を少し赤くさせていた。
「……団長の座もそのうち俺がもらうからな」
「楽しみにしています」
アドの宣戦布告に、騎士団長は嬉しそうに笑った。
「……っ! 行くぞ!」
「え? ちょっと? すみません、失礼します!」
アドは踵を返すと、掴んでいた私の腕を引っ張り、歩き出してしまった。私はその強い力に引かれ、慌てて騎士団長に挨拶をした。
「お待ちしていますよ」
遠ざかる騎士団長の笑顔を後に、私たちは玉座の間を出た。
「アドリア、癇癪を起こすだけが抗議じゃないからな」
出口にはヘンリー殿下が立っていて、私たちを待っていたようだった。
「兄上はさすが父上自慢の息子ですね」
「ちょっと!?」
アドはヘンリー殿下にそう言い捨てると、私を引っ張って通り過ぎてしまった。
「弟を頼みますね」
すれ違いざま、眉尻を下げて笑うヘンリー殿下は「兄」として心配する表情を私に見せた。
☆☆☆
「ちょっと! どこまで行くの?」
アドに引っ張られるまま、王城の中をズンズンと進んで行くと、ある部屋の前で立ち止まった。
随分奥まで来たようだ。
「入れよ」
「ええと」
「いいから」
「……お邪魔します」
機嫌の悪いアドに言われるがまま、私はその部屋に入る。
「わ、広っ……」
目に入るだけでも広いとわかるのに、奥にも続き部屋があるようで。中央にある応接セットのテーブルにはお茶とお菓子が用意されていた。
「座れば」
「う、うん」
促されてソファーに座る。アドも向かいに座って、カップを手に取った。
「お前、ああいうのがいいわけ?」
「ああいう?」
いきなり主語のない話に首を傾げる。
「騎士団長だよ……」
「騎士団長? ああ! 素敵な人だったね!」
アドの言葉に、先程の騎士団長の姿を思い浮かべ、しみじみとする。
「私みたいな研究棟の人間を見ても蔑まないでさ、優しく話してくれて、紳士で〜」
ガチャンっ、そこまで言うと、アドがカップを荒々しくテーブルに置いた。
「アド?」
どうしたんだろう、と彼を見ると、まだ怒っているような表情で言った。
「俺は将来、あいつを蹴落として団長の座に就いてやる」
「……あんた、権力とか肩書きとか興味なさそうなのに、何かあるの?」
あの時、団長が言っていた言葉を思い出す。アドは副団長になる道を嫌がっていたと。
「……やっぱりお前は……」
「え? 何?」
先程のことを思い返していると、アドがぼそりと呟いたので聞き取れず聞き返すと、「何でもない」と言われてしまった。
「……兄上に言われたんだ。騎士団の待遇を変えたいなら、王族であるお前が魔法騎士団のトップに立てば良いって」
「ヘンリー殿下が……」
国王陛下と弟王子の間に入って取りなしているように見えるが、ヘンリー殿下はアドよりの人だと思った。弟想いの優しいお兄さん。
「だから俺は親父の引いたレールの上に乗ることにした。あいつらの未来のために、魔術師団の連中も我慢して利用してやれば良いと……。でも、お前に出会った」
真剣なアドの瞳が私を捕らえる。もう怒りの表情は見えず、綺麗なエメラルドグリーンが真っ直ぐに私を見ている。
「ははっ……それは、良かったのかな?」
ドキドキと煩い私の心臓を押さえつけるように、へらりと笑ってみせた。
「ああ。俺は、あいつらのことを悪く言う連中に我慢して教わるより、お前に教わりたい。だから、次の試験で親父を黙らせたい。協力してくれ」
真剣なアドの言葉と瞳に、心臓の鼓動が早くなる。
私はきっと一生忘れないだろう。
こんな落ちこぼれのレッテルを貼られた私を頼ってきてくれた、最初で最後の人。
「うん。任せて。頑張るのはアドだけど、私も一緒に頑張るから」
私はアドにとびっきりの笑顔で答えた。すると彼は私の手を取り、中指に唇を落とした。
「俺も試験に受かって、お前を国一番の家庭教師にしてやる」
「!?!? ど、どうも!?」
アドがあんまりにも真剣に言うものだから、私の心臓は追いつかない。真っ赤な顔で必死に返せば、アドは大人びた表情でふわりと笑った。
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ここまでお読みいただきましてありがとうございます!
次話より第二章に入ります!
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