第8話

「アドリア第二王子殿下、ご到着されました」


 先程の燕尾服の男性が扉を開ける。そこは、玉座の間だった。


(ひえっ!! こんな所、入ったことない!)


 怖気づく私をよそに、アドは私の手を引いたままズンズンと歩みを進めていってしまった。


「またほっつき歩いていたのか、このバカ息子が」


 目の前の玉座に座る人こそ、アドのお父様であり、この国の国王陛下。


 私はアドから手を離すと、慌てて頭を下げて、その場に跪いた。


「王宮にいるだけじゃわかんねえこともあるだろうがよ、このバカ親父」


(ええ――……王族でもこんな言い合いするんだ)


 陛下とアドのやり取りに、私は驚きつつも、冷や汗ダラダラである。「俺に任せとけ」と言っておきながら、初っ端から喧嘩腰なアドの背中を恨めしく睨んでいると、優しそうな声が割って入った。


「まあまあ、父上。そんな調子では話が進みませんよ? アドも。なぜいつも喧嘩腰になるんだい」


 国王陛下の隣に立つ、肩まで長い金色の髪の男性は、ヘンリー第一王子殿下だろう。アドと同じエメラルドグリーンの瞳が優しそうに微笑み、こちらを見たので、慌てて頭を下げる。


「アド、こちらのご令嬢は?」

「俺の家庭教師」


 ヘンリー殿下の問にアドがあっさりと答える。


「ちょ、あんた、もうちょっと順序立てて……」


 アドに近寄り、ヒソヒソと声をかけるも、彼は面倒くさそうに言った。


「あ――っ、回りくどいのは嫌なんだよ。別に本当のことなんだから良いだろ?」


(こ、こいつ……)


「…………研究棟の者か?」


 アドとヒソヒソやっていると、国王陛下からお声がかかり、私は素早く頭を下げた。


「だから何だよ」


 アドが不機嫌そうに陛下に返す。


(ああ〜! あんた、何が俺に任せとけ、よ!)


 明らかに怪訝そうに私を見る陛下の表情に、私はビビる。何も言えずに頭を下げ続けていると、陛下はアドに視線を戻した。


「私は魔術師団長にお前を任せたはずだが? 今日も魔法省に足を運んでいないと聞いた。何をやっているのだ」

「俺は、あんな所に世話になんかなりたくない」

「何を言っているんだ! お前は成人したら魔法騎士団の副団長への道が決まっているんだぞ! 私が用意した道に黙って従いなさい!」

「うるせえ! 口を開けばそればっかり……誰が親父の言いなりになんか!」

「ヘンリーを見習わんか!」

「どうせ俺は兄貴みたいに出来が良くないよ!」


(ちょ、ちょ、ちょ……)


 いつの間にか始まってしまった親子ゲンカに、私は困惑した。しかし周りは慣れているのか、ただ静観している。


「父上、アドリア、一旦落ち着きましょう」


 ヘンリー殿下の一言で、二人の言い合いがピタリと止まった。そして彼は私たちの近くまで降りて来て言った。


「アド、父上の言う通り、君には魔法騎士団の副団長になる責任があるんだよ。それには魔術師団の協力は必須だ」

「……俺は、あんな騎士団をバカにする奴らの力なんて借りたくない」


 ヘンリー殿下に言い返したアドの言葉は子供っぽく聞こえるが、彼の真剣な想いだった。


「お前! 王族でありながら、まだあんな下賤の者とつるんでいたのか!」

「下賤って何だよ! てめえの民だぞ!」


 そんなアドの想いは陛下には届いていないらしく、また二人は言い合いになってしまう。


「いいから、私の言う通りにしろ!」

「俺は、こいつから魔法を教わって魔力をコントロールしてみせる!」

「そんな研究棟の人間に何が出来る! お前は王族だぞ! 時間を無駄にするんじゃない!」

「無駄じゃない! だいたい、考えが古いんだよ! 国王のくせに!」

「何だと!?」


(ああああ……)


 またしても決着のつかない言い合いになってしまい、私はあたふたとする。するとヘンリー殿下と目が合い、彼はパチンとウインクをしてみせた。


(へっ?)


 私がポカンとしている間にヘンリー殿下は玉座とアドのいる間に立ちはだかる。


「アドリア、君は本当に彼女から魔法を習うと?」

「ああ」

「それで魔法騎士団の副団長に就くに相応しい技術を身に着けると?」

「そう言ってるだろ!」


 アドの言葉を聞くと、ヘンリー殿下はにっこりと笑って国王陛下の後ろにいた人物を見た。


「確か、二ヶ月後に魔法騎士団の入団試験がありましたよね?」


 ヘンリー殿下が声をかけた人物は、灰色の髪に同じ瞳を持つ、魔法騎士団団長。クラウド・ラヴァエール様。長身で騎士らしく逞しい体躯をしている。


(グレイのお兄さん……)


 雲の上の人なのでお話ししたことはないが、魔法省で何度かお見かけたことはあった。


「はい、殿下」


 グレイのお兄さんはヘンリー殿下の問に簡潔に答えた。


「父上、どうでしょう? この試験で彼女の手腕を問うてみては。押さえつけるだけではアドリアも納得しないでしょうし」

「しかし……」


 ヘンリー殿下の提案に陛下は未だ難色を示している。


「アドリアはどうだい?」

「俺はいいぜ」

「ちょっ……」


 アドがヘンリー殿下に即答するので、私はまた声を潜めて抗議する。


「ちょっとあんた、勝手に……」

「お前を家庭教師にするためだ」


 ヒソヒソと言い合っていると、陛下がコホン、と咳払いをしたので私たちは視線をそこに向けた。


「そうだな。私の条件も飲むなら、ヘンリーの提案を許可しよう」

「条件?」


 陛下の言葉にアドは怪訝な顔をし、私の鼓動は早くなる。


「その試験に合格すればお前のやりたいようにすればいい。ただし、不合格の場合――」


 ごくりと息をのみ、私は陛下の続きの言葉を待つ。


「その女はお前を誑かした罪で投獄し、お前と関わりのある騎士団員は全員解雇、そしてお前には今後、私の言う事だけを聞いてもらう」

「なっ――そんな横暴……」


 思ったよりも重たい条件にアドも私も顔が青くなる。


「ここで引き返せば、全員不問にしよう。アドリア、全てはお前次第。どうする?」

「くっ――」


 陛下の強迫めいた言葉に、流石のアドも言葉に詰まっていた。


 悔しそうなアドの横顔を見て、私は不思議と腸が煮えくり返るような怒りに襲われた。


「……恐れながら陛下、試験の結果は私の責任。騎士団は関係ないと存じます」

「なっ……」


 顔を上げ、陛下に意見をする。この場で斬り捨てられても仕方ないかもしれない。まあそこはアドを信用しよう、と私は続けた。


「全ての責は私が負います。だから、その試験に合格したら、アドリア殿下の、息子さんの話をもっとちゃんと聞いてあげてくれませんか!?」

「お前っ……」


 アドが驚いた表情で私を見ている。私の懇願に陛下は難しい顔で何も言わない。シン、と玉座の間に静寂が広がると、ヘンリー殿下が口を開いた。


「……父上」


 ヘンリー殿下の視線を受けた陛下がハッとする。


「……君は、この愚息に自分の人生をかけられると?」


 見定めるような視線で私を見据える陛下に、私はきっぱりと答えた。


「愚息なんかじゃありません。しっかりとこの国を見据えておられる、立派な王子殿下です」

「……そうか」


 陛下は私と視線を合わせたのち、静かにその瞳を閉じた。


「……ヘンリー、あとの手配は任せた」

「かしこまりました」


 陛下はそう言うと、玉座を立ち上がり、その場を後にした。


「あの……?」


 その場に取り残された私たち。目をパチクリとさせていると、ヘンリー殿下がにっこりと笑って言った。


「良かったですね、とりあえず家庭教師を認められましたよ」


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