第7話
「お前には、俺の家庭教師をやってもらいたい」
「……はあ!?」
急なことに私は声を荒らげた。
「……お前って令嬢っぽくないよな」
「悪かったわね! あんただって王子様っぽくないわよ!」
「…………」
イケメンが失礼なことを言うものだから、つい言い返すと彼は黙ってしまった。
(やば……不敬罪とかになるのかな)
「ふっ……はは……っ、はははは!」
じっと俯いてしまったイケメンを見つめていると、彼は急に笑いだした。
(えっ、壊れた?)
また楽しそうに笑う彼を唖然と見つめていると、イケメンは笑うのをやめて、真面目な顔をして私を見つめてきた。
そのギャップに胸が跳ねる。
「俺の家庭教師を引き受けて欲しい」
「わた、しっ、たった今、シルヴァラン伯爵家を勘当されて……」
真剣な瞳に押されながら、私は俯き、しどろもどろに答えるが、彼は気にせずに続ける。
「知っている。了承を得に来たら、伯爵にそう言われて慌ててお前を追いかけた。間に合ってよかった。これであの家の了承は必要ない。お前の了承だけだ」
「私……魔法省もクビになりそうで……」
「それは俺がさせないよう圧力をかけておいた」
「へっ……」
イケメンの驚きな発言に思わず顔を上げると、ニヤリと笑った彼の顔が近くにあった。
「他には?」
「ええと、私は研究棟の人間で……」
「関係無い」
「魔力量も少なくて……」
「関係無い」
私の断る理由を次々に潰していくイケメン。
「……関係無くはないですよね? この国は魔力量が絶対で……」
「関係無いと言っている。お前、魔法学校の教師だろう? 魔法学校の座学もトップで卒業したと聞いている」
「そうですけど……」
私のことをそこまで調べたのか、と驚きつつも、未だに尻込みする私にイケメンが挑発した。
「何だ? 教える自信が無いのか? 座学はやっぱり重要ではないのか。それに、立場など関係無いと言ったのは嘘か――」
「嘘なわけないでしょ!」
気付いたら途中でイケメンを遮っていた。
「あんた、魔力のコントロールが出来ないんですって? そんなの、呪文の詠唱と構築をしっかり学べば楽勝なんだからね! 魔力量に胡座かいてないで、ちゃんとやりなさいよ!」
「お前に教われば出来るようになると?」
「あったりまえでしょ!!」
「ふうん?」
目の前のイケメンがニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
(しまった!!)
いつの間にか乗せられてしまっていた。
「……何で私なのよ……」
はあ、と観念して馬車にもたれかかる。
「……言い返したから」
「へっ」
ポツリと呟くイケメンの声が聞き取れなくて、私は身体を起こす。
「お前、あの時、俺の代わりに魔術師団長に怒ってくれただろ?」
「えっ……あれで?」
「うるさい! 元々、騎士団を悪く言うアイツらの世話になんてなりたくなかったんだ」
ぽかん、とする私にイケメンは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
「ははっ……、あんたって意外と義理堅いのね」
可愛いとこあんじゃん、と嬉しくなった私は笑みを溢した。
「じゃあ、引き受けるからには「お前」じゃなくて、「先生」って呼んでもらおうかな?」
まだ赤い顔のイケメンに向かって私はにんまりと言った。
「お前も……あんたって呼ぶなよ」
「ああ、殿下」
そう呼んだ瞬間、そっぽを向いていた殿下がぐりん、と顔を私の方に向けた。
「ア、アドって呼べよ」
「いやいや、さすがにそれは不敬でしょ」
何を今更、な発言だが、殿下に向かって私はきっぱりと断った。
「騎士団の奴らもそう呼んでるからいいんだよ!」
何故か怒り口調で言う殿下に、そういえば隊長がそう呼んでいたな、と思い出す。
「じゃあ、アド?」
私がそう呼び直すと、アドの顔がふわりと綻んだ。
(ひえっ!)
イケメンの笑顔は破壊力がある。ましてや可愛くなかったアドの、そんな表情に私の心臓はドキドキと音を立てた。
「よろしく、ミュリエル」
がしっと私の手を掴んだアド。
「ちょっと? 先生って……」
「ん?」
抗議しようとした私を笑顔の圧で黙らせたアド。
(まあ、心を開いてくれたってことでいいのかな?)
昨日出会ったイケメンとまさか師弟関係になるとは。そんな私たちを乗せて、ガタガタと石畳を走る馬車は、魔法省もあるこの国の王城へと辿り着いた。
「お帰りなさいませ。国王陛下がお呼びです」
アドに手を借りて馬車を降りるなり、待ち構えていた黒い燕尾服の男性がお辞儀をしながら言った。
「さっそくか」
息を吐きながらアドが言った。
「行くぞ、ミュリエル」
「は? どこに?」
首を傾げていた私は未だ理解できず、アドに訊ねた。
「俺の親父……国王陛下の所だよ」
「は?」
アドの顔を見て固まる、一秒ののち。
「はああああ!?」
私は恥じらいもなく叫んだ。燕尾服の男性がこちらを見て眉をしかめていた。
そんな私を見たアドは、ふっと口元を緩めると、私の手を掴んだ。
「お前は堂々としていればいい。あとは俺に任せとけ」
やけに自信たっぷりなその瞳に、年下ながらも男らしさを感じてドキりとしてしまう。
「行くぞ」
出会った時も、大人びているな、と思ったその瞳に導かれるように、私は彼に手を引かれるまま足を前に踏み出した。
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