第6話
「そこに座りなさい」
クリスティーに手を引かれやって来た居間では、父と母が怖い顔で待っていた。
「はい」
父とは久しぶりに顔を合わせる。魔法省に入ってからは母ともなるべく会わないようにしていた。逆もしかりだろう。
(娘と久しぶりに顔を合わせたのに、なんて顔かしら)
二人の醸し出す空気に、何とも言えない気持ちになる。
向かいのソファーに座れば、何故かクリスティーも私の隣に座った。
「……アドリア殿下と魔術師団長に無礼を働いたそうだね」
険しい顔の父が口を開いた。
もう父の耳に入ったのか、と私が驚いていると、クリスティーがクスクスとこちらを見て言った。
「その場にいた同僚に聞きましたの。お姉様ったら、研究棟といえど、せっかく魔法省に勤められているのに何をされているのかしら? 噂になってしまって、私、同じシルヴァラン家の者として恥ずかしいですわっ!」
(お前かっ!!)
魔術師団の中にはクリスティーに恋慕を寄せる人も多い。きっと今日の取り巻きの中にいたのだろう。それを聞いたクリスティーが魔法省で噂をバラまいたあげく、光の速さで父の耳にも届いてしまったことは容易に想像出来た。
「私は間違ったことは言っておりません。むしろ無礼なのは、魔術師団長様の方では……」
「黙れ!!」
言い方はあれだったけど、私は間違っていない。しかし私の言葉を父は遮った。
「無能の分際で、魔術師団長様に意見するなど……腐っても魔法省勤務だと目をつぶっていれば……シルヴァラン家の恥晒しがっ」
その時、父は家に無関心だったんじゃない、私という
「この家から出て行け」
実質、勘当宣言。
「お父様――」
「もうお前はシルヴァラン家の人間ではない。父と呼ぶな」
それが血の繋がった娘に言うことなのか。
ショックでぼんやりとする頭で私は何とか言葉を出す。
「お父様……魔力量が、魔法省で働くことがそんなに大事ですか。それが無いと、娘ではないと?」
「そうだ」
父の容赦ない即答に悔しくて、私は涙さえ出ない。
「どのみち、クリスティーが結婚したらこの家にいられないでしょう? シルヴァラン家の名前は荷が重いでしょうし、貴方も恥ずかしいでしょう?」
(恥ずかしいのはお母様ですよね)
シルヴァラン家の娘として、出来る努力はしてきたつもりだった。それに、魔力や立場なんて関係無く、この国のために貢献している人たちを私は知っている。その人たちの方が、偉そうな魔術師たちよりよっぽど誇りある、尊敬すべき人たちだと思う。
「……わかりました」
全ての言葉を飲み込み、私がそう言うと、父は立ち上がって「早くな」と部屋を出て行った。
「お姉様、シルヴァラン家は私とアンリ様が守りますので、安心してくださいねっ」
父が出て行くと、クリスティーが弾んだ声で言った。
「クリスティー、行くわよ」
「はあい」
母も立ち上がると、私の顔をもう見たくない、といった表情でクリスティーに声をかけ、部屋を出て行った。
(ああ、本当に私は空気になってしまったんだ)
シルヴァラン家の長女として生まれて19年。ついに私は無かったことにされてしまった。
「無能の割には意地汚くしがみついてたんじゃない? お疲れ様、お姉様?」
隣にいたクリスティーが私の耳元で囁くと、にっこりと笑った。
「アンリ様と幸せに……クリスティー」
皆の前では天使のように可愛い妹も、私の前では悪魔だ。そんな妹に精一杯の声をかける。
「私は幸せよ! お姉様と違ってね? 言っておきますけど、シルヴァラン伯爵家の財産を持ち出せるとは思わないでくださいね? 惨めに野垂れ死にするしかない可哀想なお姉様が頭を下げるっていうなら、考えなくもないですけど?」
クリスティーは少しムッとした表情を見せたが、すぐに口元を歪めて笑い、私に頭を下げるよう要求した。
私はふう、と溜息を吐く。
「クリスティー、幸せは比べる物ではないわ。それに、この家の財産を持ち出そうなんて考えてもないわ」
「なっ――そんな負け惜しみ……」
妹の表情は増々歪んでいく。
元々、この家は出て行くつもりだった。魔法省の仕事が無くなっても、平民に落ちても、どこかで私塾でも開いて生きていこうと思っていた。幸いにも親友が私を雇ってくれるとも言ってくれたが、平民に落ちた私を庇えば、彼女もただでは済まないだろう。
魔法省で働いて得たお金も少しならある。私はとっくに覚悟出来ている。
真っ直ぐにクリスティーを見つめれば、ジリジリと彼女は後退りをした。
「頭を下げたくなったらいつでもいらして。その時は地面に額を擦り付けて私に請うことになると思いますけどねっ!」
世間で天使と評判の妹は、悪魔のような捨て台詞を吐き捨て、部屋を出て行ってしまった。
(あーあ、昔は本当に可愛かったのに)
全ては私の魔力量が少ないせいでこの家は狂ってしまったのかもしれない。
(でも、そんなの関係無い! そもそもその考えが古いのよ!)
私がそうだったら、という意味のないタラレバな後悔は山のようにしてきた。もう前を向いて生きて行くしかないのだ。
部屋に戻った私は、少ない荷物をトランクにまとめた。
「ほとんど勉強道具って、悲しいわね」
努力の結晶であるまとめたノートや書き込んだ教本、私塾を開くなら必要になりそうな物を詰め込んだ。殆どは頭の中に入っているから、本当に必要な物だけ。
家族はおろか、使用人の見送りさえなく、私は玄関ホールを出た。外に出た所で、馬車停めに立派な馬車が停まっているのが目に入る。
(お客様かな?)
そういえば出てくる途中、使用人たちが忙しそうにしていたな、とふと思う。まあ関係無いか、と足を進めると、後ろから腕を掴まれた。
驚いて振り返れば、息を切らして私の腕を掴んでいたのは、あのイケメンだった。
「で、殿下!?」
「良かった――――間に合った」
まだ少しぜいぜい言いながらも私の腕を掴んで離さないイケメンに、何事かと視線を向ける。
「お待ちください、殿下!!」
すると玄関から両親が慌てて追いかけて来ていた。
「行くぞ!」
「へっ!?」
両親に視線を向けた私の腕をイケメンは引っ張ると、走り出した。
「殿下!! 許されませんぞ!」
後ろに聞こえる父の声が遠ざかるのを聞きながら、私はあの立派な馬車に押し込められた。
「出せ」
「はっ」
イケメンの命令で馬車はすぐに走り出した。
「何? 何なの!?」
わけも分からず馬車に押し込められた私は、王族とか第二王子とか頭からすっ飛んで、イケメンに怒鳴った。
「ははっ!」
イケメンは私の顔を見ると、笑った。
(笑った顔、初めて見た……)
失礼で、つまらなさそうにしていた彼が年相応に笑っているのを見ると、何だか嬉しくなった。
ひとしきり笑ったイケメンは、改めて私を見ると、口の端を上げて言った。
「お前には、俺の家庭教師をやってもらいたい」
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