ファスナーが失くても

色音

短編

朝約束に遅刻する寸前に、飛び起きてトイレに滑り込み顔を洗い鏡のない洗面台の前でキメ顔をする。

朝ごはんは胃に応えるため抜いてお気に入りのジーンズと白いシャツ。

某果実の大企業CEOへ憧れを抱き未だに現役の私服である。

しかし、なかった。

いや、ズボンはあるのだがあるはずのチャック…つまるところファスナーがない。

頭の中で前回私服を使用した時の回想を繰り返し議会が開かれる。

しかし、そんなことを気にしている暇はないという刹那の議会決議でベルトをいつもより固く閉め肌寒い空気のなか周りの目を気にしながらも超超超ダッシュで駅へ向かう。

電車に駆け込み息を切らしながらもなんとか間に合わせる。

しかし、周囲が目を丸くしこちらを覗き込む。息を切らし駆け込んだだろうか。

いや、違う。

こちらを見て口角を上げ僕が周りを見渡すと全員目を逸らし僕が下を見ると視線が僕に集中しクスクスと笑う声も聞こえた。

やはり、僕が立って吊り革を掴んでいることによりシャツが上がりファスナーが無く社会の窓が開いているジーンズを見て小馬鹿にしているのだろう。僕は顔を上げる事ができず顔を赤らめ目を瞑っていた。

だが、視界による情報が無くなったことにより耳が鋭敏になり笑い声や「あの人見て」などの声が小さく聞こえ頭の中を行ったり来たりする。

人生史上最も長い5分を過ごし渋谷駅に到着し電車のドアが開くと同時に電車から逃げるように降りてハチ公前に約束の3分過ぎに到着し友達二人と合流する。

「ごめん!遅れてしまった…!」

二人からなんと言われるだろうか息を切らしながらも考えていたが二人の顔を見ると片方は口を押さえもう片方は腹を押さえて笑いを堪えていた。

やはり、ファスナーがなくベルトで誤魔化している僕に笑いを隠せないのだろう。

「いや、朝起きたらズボンのファスナーがなくてベルトを無理にキツくしたんだけど…やっぱりダメだったかぁ…!」

「「そっちじゃないわ!」」

「ファスナーなんか気づかないわ!」

「その頭…どうしたんだよ…」

一人がツッコミ片方は涙ながらの金切声で僕の頭を指摘する。

「え?」

困惑しながらもスマホの内カメラで確認するとなんとも芸術的と言う他のない寝癖が頭の上に鎮座していた。

その後トイレに行き頭を冷たい水で強制的に矯正しその日はその頭の話題が会話の壇上を支配して終了した。

そして、次の日から僕は私服がチャックのないパーカーとファスナーもベルトもいらないズボンになった。

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