第2話

 その夜、ゲコッ、と響いた鳴き声で金魚は目を覚ます。店内は少しのあいだ、真夜中の熱帯雨林のように騒がしくなり、そのあとで、早朝の湖畔のように静まり返った。

 バックヤードの方から漏れた声を金魚は聞いた。ヒトの声、女性の声だった。その声は密やかに笑っているように聞こえた。

 足音が店内に向かってくる。薄暗い店内が一瞬、雷を浴びたように光る。いやだ、カメラなの? ストロボライトをたくのはよしてよね。熱帯魚の声だけがする。足音がもうひとつして、ふたつの影は店内をめぐった。また、密やかな笑い声。こりゃあ、逢引きだな、けっこうけっこう。サンショウウオの声だけがする。気づけば、水生動物たちはみな、住み家の奥に身を隠してしまったようだった。

 金魚は水面に顔を寄せ、待ちわびた。好奇心だけが金魚のちいさなからだに満ちていた。足音が近づき、いくつかの水槽用ライトが人影を浮かび上がらせた。二人の少女の姿が金魚の真上にあった。二人のくちびるは、そろって、金魚のからだと同じ紅色で、三日月のように薄く伸びていた。

 彼女たちと目と目があう。触れてみたくて、せめて、水を跳ね飛ばしてみた。彼女たちは、また、笑った。それが金魚はうれしくて、実際に触れてしまったかのような、致死量の熱を感じた。

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アクアリウム 鹿ノ杜 @shikanomori

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