アクアリウム

鹿ノ杜

第1話

 その朝、金魚が目を覚ますと、店内はうわさ話で持ちきりだった。

「あら、ようやくおきたのね」

 と、お隣りの熱帯魚から声がかかった。

「たいへんだったのよ、きのうは。長い夜でしたもの」

 金魚が事の次第をたずねると、青く大きなヒレを振り乱しながら熱帯魚は教えてくれる。

「店の者がとっくに帰ってしまった後に、誰かが店の中に入ってきたの。最初に気づいたのはカエル氏でした。ほら、あの方って、バックヤードに続く通路の真ん前にいるでしょう。人影に気づいて、それが見覚えのないヒトだったものだから、ゲコッ、とひとつ大きく鳴いてしまって、それからは水槽から水槽へ、すぐに話が広がって……あなたは、水草の中でぐっすりでしたけど」

 そういって熱帯魚は少しだけ泡を吐いた。嘲笑しているのだった。

 しばらくして、もう一方のお隣り、ハリセンボンがこっそり金魚に声をかける。

「物取りだったんじゃないかってみんな言ってるんだ。彼女って、ほら、お高いからさ。怖かったんじゃないかな」

 そういって針のうちの何本を熱帯魚の方に伸ばしてみせた。金魚が、入ってきたのはどのようなヒトだったのかたずねると、

「実は、僕もよくわからないんだ。そのヒトはバックヤードにばかりいてね。店の方には少し顔をのぞかせただけなんだ。だから実際には、見てもいないんだよ」

 と、申し訳なさそうにまばたきを繰り返す。

「しーんぱいせんでもええ」

 通路をはさんで、はす向かいのサンショウウオが述べた。

「ああいう手合いは、また来るもんだ」

 そういって悪魔のような顔でにたりと笑った。


(すこしだけつづきます)

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