36. 背徳の味(カルの視点)
「無理しても食べろよ。もうお前だけの体じゃないんだから」
「は? 私の体は私のもんだよ。自分の食べられる分くらい分かるよ」
「腹に俺の子がいるんだ。栄養は必要だろ」
「いないって! 何それ。やめてよ、気持ち悪い」
「やることやったら、できるだろ。可能性の問題だ」
「そんなん! だったらカルの子なんて何人いるのよ。初めてじゃなかったでしょ?」
おっと。そういうふうに切り込んでくるのか。そりゃ、そこは男女の違いで、男は体と心が別だ。つまり、それなりに、そういう経験はある。
「お前、そういうこと聞く? まあ、心配するな。そっちは失敗してない」
「み、認めるわけ? これだから男って。でも、じゃあ、私も大丈夫でしょ?」
「お前には、特にそういう気は使ってない」
「ええっ! なんで? ひどいっ! 不誠実! 無責任っ」
「責任は取る。結婚しよう。ほら、誠実だろ?」
俺は本当に今すぐ結婚したいんだ。婚姻という契約で縛りたいし、子供ができればそれが足枷にもなる。シアを俺の側に永遠につないでおける。
「自分勝手だよ! 私の人生とか、全然考えてないじゃないっ」
「お前、どんな人生が望みなんだよ」
「え、だから、仕事とか……」
「仕事なら、結婚しても続けていい」
「そういう問題じゃないでしょ」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「じ、自由な時間とか?」
「お前、正神殿に行くとか言ってたけど、あそこにどんな自由があるんだよ」
「精神の自由のことだよ! 負の感情から解き放たれる、悟りの境地だよ!」
「シア、お前、自分の言ってること、ちゃんと分かってる?」
「え、いや、まあ、悟りっていうのは、ちょっと受け売りだけれども……」
何が悟りの境地だ、ばかばかしい。自分のこと分かってないのか? お前、全然興味ないだろ、そういうことには!
シアが言っているのは、後付けの言い訳だ。そんなのが、結婚を引き延ばす根本的な理由のわけがない。彼女はいつだって、何かを隠している。
卒業して無事に結婚することができたら、シアは本当のことを話してくれるんだろうか。そうしたら、この不安も払拭されるんだろうか。
「とにかく、体は資本だ。ほら、これなら食べられるか?」
給仕に合図すると、トレイに載せたデザートを持ってきた。それは、卵と砂糖と牛乳を混ぜたのを蒸してから冷やして、焦がした砂糖でつくったカラメルがかかってる、黄色と茶色のコントラストがきれいな菓子だ。
「カル、これって……」
「お前の創作菓子。プリン……だったか? 似たようなものを職人に作らせたんだ。たくさんあるから、いっぱい食べろよ」
シアは、プルプルを揺れるプリンをスプーンで掬って、おそるおそる口に入れた。彼女の表情がぱあっと明るく輝いて、頬がピンクに染まる。
ああ、よかった。成功だな。何度も試作させて、シアの好みから味を推測した。甘さは控えめで、軽い仕上がりになっている。
「カル、ありがとう。すごく美味しい」
「たくさん食べて、体力つけろよ」
「……うん」
シアはうつむいたまま、黙々とプリンを食べていた。気に入ってもらえたようだ。たとえデザートでも、卵を食べてくれるならいい。良質のタンパク質だ。
「そんなに美味しい? 俺にもちょうだい」
シアが好きな味を覚えておきたい。そう思ってそう言うと、シアはプリンを持って立ち上がった。わざわざ自分で、こっちまで持ってきてくれる気らしい。
俺がマナーを慮って同時に立ち上がろうとしたのを、シアは手を上げて制した。そして、あっという間に、プリンを持ったまま俺の膝の上に座った。
「え、何これ、なんのご褒美?」
「プリンのお礼」
シアはスプーンでプリンを掬って、自分の舌の上に乗せた。そして、そのまま口移しで、俺にプリンを食べさせてくれたのだった。
シアの舌は柔らかくて甘くて、はっきり言って、プリンの味なんて全く分からない。その行動は、目がくらむくらい扇情的だった。
そんなことを何度か繰り返すうちに、互いの体に火が付くのが感じられた。いつも冷たいシアの体にも、すでに熱がこもっている。
シアがプリンとスプーンを置いたのを合図に、貪るような長いキスをした。この先に起こることを明確に示唆するために。
「カル、もうお腹いっぱい」
「じゃ、少し動こうか。お腹がこなれるように」
シアがそれに頷いたので、俺はそのまま彼女を抱き上げて、寝室へと移動した。シアは俺の腕から落ちないように、両腕を俺の首にまわし、頬を俺の首筋に寄せた。
もう限界だった。肌に感じる彼女の吐息の熱さに、俺の理性はそのときすでに飛んでしまっていた。
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