35. 婚約者の役得 (カルの視点)
風呂でのぼせてしまったシアを、そっとベッドに下ろした。せっかくだから気持ちよくなってほしいと、ちょっとやりすぎたとは思う。その点は深く反省している。
俺がシアにできることがあるなら、なんでもしてやりたい。彼女の喜ぶ顔が見られるなら、それこそ火の中にだって飛び込むだろう。
美しい俺の婚約者。どれだけ愛しても足りない。そして、どれだけ愛されても足りないんだ。満たされたと思うと、すぐに飢餓感が襲ってくる。
彼女は人間の器を借りた精霊で、いつか空気に溶けて消えてしまうかもしれない。この不安はいつまでも拭いきれない。そんなはずはないと思うのに。
離宮の泉で見たものは、夢でも幻でもない。確かにユニコーンだった。聖獣はその姿を変えて、この世界に適応している。
もしかしたら、シアもそうなんじゃないのか?だから、聖獣が迎えにきたのかもしれない。そう思うと、不安で胸が潰れてしまいそうになる。
絶対に渡すものかと思いながら、シアにはこの混沌した世界より、静謐な空間のほうがいいのかもしれないと、頭の中で誰かがささやく。
修羅に咲くには、シアの体は脆い。あの強い精神がなければ、すぐに枯れてしまうかもしれない。彼女の母親のように。
そんなことを考えていると、居間のドアがノックされて、支配人の声が聞こえた。
「殿下、お食事の準備ができました」
「そうか。では、運んでくれ。それから、例のものはできるか?」
「はい。王宮からレシピが届いておりましたので」
少しでもたくさん食べてほしい。シアの食はとても細い。それなのに、あの体のどこから、あれほどの癒やしの力を出せるのか。
たぶん、あの力は彼女の体を通るだけで、神から降りてきているんだ。彼女は神に愛されし依代だ。
「シア、起きられるか? 食事の準備ができた。少しだけでも食べておいたほうがいい」
俺の言葉に反応して、シアはぼんやりと目を開けた。
おでこに手を当てると、すでにひんやりと冷たかった。その不自然な冷たさに、思わずビクッと体が反応してしまった。
「ああ、うん。少しだけ食べるよ」
シアはまだ少し寝ぼけたままで、ゆっくりと上体を起こした。その拍子に上掛けがずり落ちて、彼女の華奢な上半身を露わにした。昨夜、俺が付けた印が、まるで薔薇の花弁のように、滑らかな肌に散っている。
なんて美しいものを、彼女は与えられているんだろうか。彼女に触れていいのは、神だけなのかもしれない。そして、彼女を穢した俺には、いつか天罰が下る。
「じゃあ、着替えを持ってくるよ。そのままじゃ、食事よりシアを食べたくなる」
そう言って、ベッドサイドから離れると、背後からシアの可愛い悲鳴が聞こえた。風呂から寝室に直行したこと、あいつ完全に忘れてたな。
シアは意外とおっちょこちょいで、割と抜けているところがある。それが可愛くてしかたないのだけど、おかげでこういうラッキースケベなチャンスも多い。役得だ。
「カル、嫌い!」
シアと俺はシンプルな部屋着を来て、居間のテーブルに向かい合って座っていた。目の前には、前菜のレバーのパテと、トマトの冷製スープ、そして焼き立てのパンが何種類か置かれていた。
案の定、シアはスープにしか手をつけていない。
「しょうがないだろ。じゃあ、下着、履かせたほうがよかった?」
「そうじゃなくって!お風呂であんなこと……」
「何?」
シアはぐっと言葉に詰まった。言いたいことは分かる。ただ、色々と具体的な描写は無理だろ。たとえ、俺らが二人っきりでも。
「知らないっ!」
シアは真っ赤になって、そっぽを向いてしまった。そんなところも愛しくてしょうがないのだけれど、それで食事の手が止まってしまっては困る。
「悪かったよ。もうあんなことはしないから」
「絶対だよ。じゃなきゃ絶交!」
「わかったって。それより、生ハムも食べろよ。鉄分が足りないから、風呂で貧血なんて起こすんだろ」
シアが気を失ったのは、別に貧血のせいじゃない。だが、ここは栄養不足のせいにしておく! とにかく、こいつにもっと食べさせないと。霞を食べて生きられるわけじゃないんだから。
この国の特産、豚の生ハムは一切れが薄いから、シアでも食べられる。メインの肉は無理にしても、これくらいは食べてほしい。
シアはそれを数枚は食べたと思うが、そこで手が止まってしまった。普通に美味しそうに食べてはいるけれど、食は全然進んでいなかった。
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