34. 二人でお風呂

 カルの言う白い街は、セビリアから近い『カルモナ』の街をモデルにしているんだろう。スペインというよりは、イタリアやギリシャの雰囲気に近い。


 前世ではセビリア観光の後で回るつもりだった。たぶん、私はその前に死んでしまったので、実際のカルモナの街を見たことがない。時期的にもひまわりには早かったので、今回は本当に初めての場所。


 だから、とても楽しいんだけど、でもちょっと心が痛い。だって、カルはもう何度も来ていて、そして、連れてきた女の子は私が初めてじゃない。


 なんでもかんでも、カルと一緒に経験することが初めての私には、それがちょっと苦しい。つまり嫉妬だ。


「疲れたか? もう行こう。ひまわり畑が気に入ったなら、明日も連れてきてやるから」 


「うん。ありがと」


 カルにとって私は、ここに連れてきた大勢の女の子の中の一人。カルの人生が描く軌道に、ちょっとだけ交わった線みたいなもの。その交差点を過ぎれば、また大きく道が離れていく。それだけのことなんだ。


 カルが案内してくれたのは、予想通りの場所だった。前世でも国営ホテルのパラドールに使われていた城塞は、外観は重厚だけれど、中は優美なイスラム様式。回廊の中心にあるパテオは、無駄な装飾がなく、すっきりと計算されて作られている。


 ムーア人と呼ばれたイスラム教徒は、幾何学模様が好きなだけに、きちっとした人たちだったんだと思う。カトリックよりずっと戒律が厳しいせいもあるのかもしれないけれど


 新月ではないけれど、月が見えない夜に松明で照らされたパテオは、ため息がでるくらいに幻想的だった。たしかに、これは女の子が落ちるシチュエーションだろう。


 宿泊施設なので、支配人らしき人が、カルに挨拶に出てきた。そして、私を見ると、一瞬驚いたような顔をして、それでもすぐに表情筋を殺した。


 あっぱれ仕事人! 聖女だって、バレたかのな。まだ色素を黒くしているままなんだけど。


「殿下、申し訳ありません。いつも通り、お一人なのかと思っておりまして。お連れ様がいるとは思わずに、お部屋の用意が……」


「ああ、彼女はいい。私の部屋に泊まる。食事もそこに用意してくれ」


「左様でございますか。かしこまりました」


 そうなの? いつも一人で来てるって。なんだ、そっか。よかった……と思ってしまった自分を恥じた。ダメダメ、カルは私のものじゃないんだから。


 それより、私たち一緒の部屋に泊まるの? それは、ちょっと、色々と具合が悪いような気がするんだけど。でも、部屋がないんだったらしょうがない……のかな?


 通された部屋は、離宮に似た豪華な作りだった。二間続きになっていて、どちらも窓からテラスに出られるようになっている。

 小高い丘の上にあるので、地平線までを見下ろすことになる。すでに日は落ちて、夜の帳が降りていた。


 目の前に広がる大地は、たぶんひまわり畑。今は真っ黒で、星がキラキラ光りだすところが地平線だと分かった。地平線からずっと降るような星空だ。

 月がでていないので、まるでプラネタリウムの中にいるみたいに、星のドームに包まれている。


「シア、すぐに食事にする? それとも、先に風呂にするか?」

「あ、じゃあ、お風呂に入りたいな」


 日本人には、やっぱりお風呂だと思う! 今日はずいぶん馬に乗ったし、汗臭いはず。先にお風呂に入って、さっぱりしたい。


「よし、じゃあ、入ろう」


 え、待って、何? 入ろうって何?


 私の顔に浮かんだハテナ・マークに気がついたのか、カルがいたずらっぽく笑った。


「イスラム様式だよ。つまり、混浴の内風呂だ」


 アレか! トルコ風呂……じゃなくて、イスラム国のハーレムなんかで見る、あの豪華な浴場に王族が女をはべらす感じの! なんと!


 そういえば、この街にはローマ時代の遺跡もあったはずだし、古代ローマ浴場もそんな感じだったな。前世で漫画原作の映画で見ただけだけど。主演男優が好きだったの!


 って、そんな場合じゃないよ! カルと一緒にお風呂とか、なんの冗談? 無理無理無理! 無理だから! ありえないから!


 黒い微笑みを浮かべるカルに怖気づいて後ずさりした私を、カルはあっさり抱き寄せてキスをした。それこそ、腰が立たなくなるくらいに、深く情熱的なエロいやつを。 

 そして、そのせいで息も絶え絶えになった私は、抵抗する力もなくそのままカルに抱きかかえられて、お風呂に連れていかれた。カルの卑怯者! 計画的犯行だ!


 そして、浴場ではもちろん、カルのフルサービスを受ける羽目になったのだった。いくらメイドさんに洗われ慣れているとはいえ、これはそれとは全然違う!


 なんでこんなことに? どう考えてもおかしいでしょ。完全にカルのペースにはめられた!


 ときどき飛びそうになる意識と格闘しながらも、私はぼんやりと考えていた。こんなことされてしまっては、もう神殿なんかに行けない。神様にお尻を蹴り上げられるだろう……と。

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