33. 向日葵畑でつかまえて

 地平線の彼方まで続く、黄色い花の絨毯。見渡す限りのひまわりの花。折り重なるように連なる丘がまるで波のように、ひまわりの海を形作っている。


「なんてきれいなの……」


 目の前には葉や茎の部分の緑の中に、黄色い珠が乗っているように見えるのに、遠くに見るほど黄色一色になる。


 そして、マルハナバチと呼ばれる、ひまわりとそっくり同じ色の丸っとした可愛い蜂が、忙しそうに飛び回っている。モフモフのおしりが可愛い。


「どうしても、シアに見せたかったんだ。この時期を逃すと、見れなくなるから」


 ひまわりは日本では夏休みの花だけれど、この地方の夏は40℃を超える。だから、初夏のほんのわずかな時期にだけ、この黄色の海原を楽しむことができる。


「ひまわりは、この国の料理には欠かせないものね。話には聞いていたの。でも見たのは初めて」


 ひまわりの種はサラダに入れたり、おつまみになる。炒って米粉と塩をまぶしたものは、スペインでもよくおやつ感覚で食べられていた。


 ただ、殻つきのまま口に入れて、口の中で中身を選り分ける……という芸当は、なかなか日本人にはできない。それに、見た目がリスの餌そのものなので、最初はちょっと引いた。


 もちろん、サンフラワー・オイルといって、食用油を取るのにも使われている。オリーブオイルと並んで、よく料理に使われるのだ。


 せっかく友達になった野生の馬を逃してしまったお詫びにと、カルが乗馬に誘ってくれた。そうは言っても、私は馬には乗れないので、カルの馬に二人乗りさせてもらっていたのだけど。


 おとぎ話のお姫様のように、私はカルの前に横座り。そういう風に乗れるような鞍がちゃんとあるのだ。だから、小高い丘を全速力で駆け抜けるときは、カルの胸にしがみついた。わーい、役得だ!


 遠乗りと称して、ずいぶんと遠くに来てしまったと思う。ひまわり畑の先にある地平線に、太陽が沈みかけている。


 抜けるような青い空と黄色い大地。その稜線に夕日が一直線にオレンジの光を走らせている。この世のものとは思えない美しい光景だ。


「こんな景色を見てしまったら、神様の存在を疑うわけにはいかないわね」


「お前、聖女のくせに、全っ然、信仰心とかないからな」


 はい。ごめんね。だって、前世は日本人だもん。信仰とか微妙。お正月や結婚式は神道で、お葬式は仏教で、クリスマスはキリスト教。最近だと、イースターとハロウィンも入るね。イベント宗教観。


 知識としては知ってるのよ。前世では高校で倫理を選択したし、大学では聖書を学んだし。キリスト教系の大学じゃなかったけど、聖書は最古の文学なので、私が専攻した英文学部には結構重要な科目なの。だって、いろんな文学に引用されているんだもの。


「あー、うん。堕落した聖女だからね、私」


 深い意味はなかったのだけれど、カルはそれを聞いて黙ってしまった。いやいや、そうじゃないよ。純潔を散らしたことは、私の宗教観とは無関係だから。気にしないで!


「ごめん。卒業まで待てなくて」


「あ、違うよ。あれは私が……」


 どう言えばいいの、コレ。改めて口に出すと、すごい恥ずかしいんだけど。む、無理無理無理! 思い出すと、頭がパンクする!


 自覚できるほど真っ赤になってうつむいた私を、カルは優しく抱きしめてくれた。うん、この話はここで終了だよね。なんとなく、誤魔化せたよね。


「暗くならないうちに、街へ移動しようか。ここには、丘の上に古代の要塞があるんだ。今は宿泊施設として開放しているけれど、俺の部屋はいつでも使えるから」


 それって、カルはよく使っているってこと? こんなマイナーな街に、どうしてよく来るの……って、アッヤしい!


 もうクローゼットの中は見ないようにしよう。そこでも女物が入っていたら、ショックが大きすぎる。だって、つまりはそういう目的に使っているってことだから。それ、知りたくない情報だから!


「ここは白い街と呼ばれてる。白壁の家や石畳の道があって、町並みも美しいんだ。女子の好きな街だよ。明日、案内するから」


 有罪決定? 女の子を口説くときに使っているのかな。うん、そうだよね。カルは慣れていたし、たぶん、以前もここに女の子を連れてきたんだろう。


「うん……、楽しみにしてる」


 モヤモヤした気持ちを隠して、私は笑顔を作る。私だってヒロインに隠れて、カルとこんなことしてる。人のことを言えない身なんだから。

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