31. 一夜のあやまち

 しくじった。やってしまった。とうとう、カルとしてしまった。


 カルの隣で目覚めた私が、一番最初に思ったことは、まさにそれだった。カルに責任は全くない。むしろ、私が誘ったんだから、彼は被害者だと言ってもいい。


 いつかこうなると思っていた。これを避け続けるには、カルは魅力的すぎるし、私はカルに惹かれすぎている。


 今までギリギリで理性と欲望の均衡をとっていたから、些細なきっかけでそれが崩れることは想定内だった。でも、できれば回避したかった!


 婚約者と肉体関係がある男を、ヒロインが果たして受け入れてくれるだろうか。私だったら躊躇する。


 だって、変でしょう? 他の女と寝てるのに、自分が好きって言われて、それ信じられる? もちろん、玄人さん相手とか、閨教育指導とか、そういうのは情状酌量の余地ありだけど。


 それに、こんなに無防備にしてしまったのも失敗だった。妊娠してしまったら、王位継承がややこしくなる。いや、それよりも、婚約破棄に支障が出るかもしれない。


 孕ませた女とその子どもを捨てるってことで、私に襲われたカルが、逆に悪者みたいに思われてしまう。そんなの絶対にダメだ。どうしよう。子供を盾にするなんて、昔のメロドラマも真っ青な悪役令嬢だ!


 そうなったら、もう全世界から嫌われるくらいに、悪の道を貫くしかない?  誰もが「あれじゃ、愛想尽かされて当然」って思うくらいに。


 前世で見たドロドロ愛憎ドラマを思い出す。ああいうのには、本物の悪役令嬢の姿があった。ううっ! 私に真似できるだろうか。


 どうしよう! ずっと悪役令嬢にならないように努力してきたのに、ここに来て最極悪役令嬢に倣おうなんて。人生設計総崩れ?  お先真っ暗?  最大のピンチ?


 でも、こうして自分の体に残るカルの痕跡を感じて、私が幸せじゃないわけがない。昨夜のカルは確かに私だけのものだった。私を愛してくれた。


 私が一番恐れているのは、自分がこの感覚の虜になってしまうこと。カルを独り占めできる喜びを知ってしまったら、きっと麻薬のように中毒になってしまう。

 カルだって男だし、求められれば私を抱くだろう。そうなったら、私はただ溺れていくだけで、きっとカルから離れられなくなる。


 私に「愛人でもいい」なんて言われたら、カルはきっと同情で私の元へ通ってくれる。拒んだりはしない。

 でも、他に愛する人がいるのだから、やがてはそのわずかな逢瀬も途絶えてしまうだろう。ヒロインを悲しませ続けるわけにいかないし、第一、カルはそんなに器用じゃない。


 そして、私はまた、ひとりぼっちになるんだ。


 いや、待て! とにかく、落ち着こう。暗い考えはダメ!


 転生してからは初めてだったけれど、前世では年齢なりの経験はあった。転生前の最後の記憶のスペイン旅行。あれは28歳くらいだったから、今の私より10歳は上だ。うんうん、それなりの歳だ。


 だから、今回の反応はおぼこかったかもしれないけど、知識とか記憶があるから、さほど大イベントでもなかった!


 なんてわけないか、やっぱり。すごく大きな出来事だったよ。当たり前に。嬉しくて、幸せで、泣いちゃうぐらいに。


 だって、大好きな人と初めて結ばれたんだもん。普通だよね。変じゃないよね?感動するよね?


 そう、とても素敵な体験だった。これをいい思い出にしよう! 一生に一度だけの幸せな思い出。元々、誰ともえっちなんてする気はなかったんだから、体験できただけラッキーだと思うんだ!


 だから、もうこの先はこういうことはない。一切なし! 二度としない!


 問題は、カルにそれをどう理解してもらうかだ。


 ヒロインと恋に落ちるまでは、カルは私を愛してくれる。たぶん、こういう関係を続けたがるだろう。卒業まで清い関係でいてくれとようとしていたカルを、色仕掛けで堕落させたのは私なのだ。


 したくないなら、なんで誘ったんだと、反論されるに決まってる。


 えーと、よく漫画にある、あれを使う? 『酔っていて何も覚えていません』ってやつ。酒のせいにして、責任逃れをする!うんうん、ありがちありがち。


 どこの世界に水で酔う人間がいるんだ。飲んでいたのはカルだけで、私は一滴のアルコールも摂取していない。素面であんなことをして、それで覚えてないって、それはもう痴呆症の域だ。いくらなんでも、言い訳がバカすぎる。


 じゃあ、あれはどうかな?『媚薬を盛られました』っていうの。だから、あれは治療の一貫ですって。うんうん、いいね。定番だ。


 これもやっぱりダメだ。カル以外に媚薬を盛るチャンスなかったし、盛ってないことは本人が一番知ってる。それに、私の反応は、お世辞にも媚薬効果があったとは言えない。


 しょうがないでしょ、初心者なんだから。慣れてないのに、そんなにいきなり敏感になれるかっ!


 ダメだ。思考が不毛な堂々巡りをしている。こんなときは、まず頭を冷やすべきだった。

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