25. スパニッシュ・タンゴ

 スペインのタブラオと言えば、飲食をしながらフラメンコのショーが見られる舞台のこと。観光客用は早い時間もあるけれど、ショーはだいたいが午後9時以降から始まる。


 そんな時間にガッツリ食べるから、おばちゃんが太っちゃうんだよね、きっと。


 夕食が遅いのは、日中にシエスタというお昼寝用の休憩時間を取り、その後にまた働くから。暑い日中は雨戸のような戸をしっかり締めておけば、クーラーがなくてもなんとか暑さを凌げるから。


 つまりお昼寝時間シエスタは、おサボりじゃなくて生活の知恵!


 もちろん、そんなことが可能なのは、夏に湿気がないから。夏の日本で雨戸を締め切ったら、家の中は蒸し風呂になってしまう!


 アンダルシア地方には、多くの洞窟住居がある。かつては西から流れてきたジプシー、ヨーロッパではロマと呼ばれている『流浪の民』が住んでいたらしい。


 その住居跡を利用した舞台月レストランを、洞窟タブラオという。トンネルを白塗りしたような形になっていて、舞台はその奥にある。

 前世で私が入ったところは、壁に赤銅の料理鍋がたくさんぶら下がっていた。この地域の伝統工芸品なんだそうだ。


 この世界でも、中は同じような作りだった。きっと、このゲーム作家は、本当にスペイン好きなんだ!


「素敵。カル、なんでこんなところを知ってるの?」


「ああ、うん。シアは踊りが好きだから、こういうの興味ありそうだなと。人にいろいろ聞いて、ここの伝統舞踊が一番よさそうだったから」


 なんでそんなこと知ってるの? 私、踊り好きって言ったっけ? カルは踊らない人だから、パートナーの私も踊ったことないのに。でも最近、どっかでダンスの話したよね。どこだったかな。


 そんなことを考えているうちに、小皿料理が運ばれてきた。スペイン料理でいうタパス。前菜みたいなものだけど、オイルがたっぷりの郷土料理は大量には食べられないし、私にはこのくらいがちょうどいい。


 カルにとってはおつまみみたいなものなんだろう。食べるというよりも、ワインのお供になっている。私もお酒を飲みたいと言ってみたけれど、未成年だからと却下。今日は不良設定なのに。ひどい。


 それでも、ショーが始まってしまえば、もうそんなことは気にならなかった。やっぱり、この国の踊りはフラメンコに似ている! すごくカッコいい!


 魂を揺さぶるような歌声と、哀愁を感じさせるギターの音色。踊り手の軽やかなステップと、表情豊かな舞い。時間が経つのも忘れて見入ってしまう。


 夢中で鑑賞しているうちに、ショーはフィナーレを迎えた。観客の盛大な拍手の中、踊り手の女性がこちらに近づいてきた。


「やあ、あんたが噂のシアかい? どうだい、ちょっと踊ってみなよ」


「え、あの。え?」


 何を言われているか分からないうちに、私は舞台に引っ張っていかれた。そして、どうしようと思っているうちに、踊り慣れた曲がギターで奏でられた。


 これ! 私の一番好きな曲! え、なんで?  どうしてこれが……。


 そして、次の瞬間、私は言葉を失ってしまった。カルがそばに来て、私の手を取ったから。


「シア、俺と踊ってくれる?」


「ええっ!カル、踊れるの?」


 そう言ったそばから、カルのリードでダンスが始まった。


 フラメンコというよりも、アルゼンチンタンゴをイメージするのがいいのかもしれない。かなりステップの難易度が高いのに、カルのリードがいいで、すごく動きやすい!


 夢中で踊り終わって気がつくと、私たちは観客や踊り手たちから、割れんばかりの拍手と喝采を浴びていた。


「カル! すごいわ。こんなに踊れるなんて知らなかった!」


「まあ、これくらいは余裕だな。すっげー、楽しい」


「うんっ! 最高!」


 一応、舞台の上で挨拶をしてから、テーブルに戻ろうとすると、常連さんらしいおじさんたちが真っ赤な顔をして、カルの背中をバンバン叩いてきた。


「にいちゃん、やったな。特訓した甲斐があったじゃないか!」


「彼女にいいとこ見せられたなあ? やー、見てるこっちが、手に汗握ったわ」


「嬢ちゃん、あんた、いい恋人がいて幸せもんだぞ。この短期間でこれだけ踊れりゃ、上出来だ! 筋がいいとしか、言いようがねえよ」


「それにしても、別嬪さんだねえ。踊りも最高だ。この店に就職したらどうだい?」


 は? 特訓って何? いいとこ見せるって、短期間って……。カルのほうを見ると、気まずそうに目を逸らされた。




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