24. 初めてのデート
「待って、今夜はお忍びだ。色を変えるよ」
カルが手をかざすと、私のストレートの銀髪はちょっとウェーブのかかった黒髪に、青い目は漆黒に変わった。肌の色も健康的な褐色だ。魔法ってすごい!
「すごいわ!私じゃないみたい」
鏡の中の自分に驚く。でも、これ私だよね。顔の造作は元のままだ。色が違うだけで、こんなに変わるなんて!
なんと言っても前世は日本人。黒髪黒目ってだけで落ち着く。その他大勢になった感じ。協調性バンザイ! 目立たないのっていい!
「今日は王子と聖女じゃなくて、ただの学生だ。たまにはいいだろ」
「うん。楽しそう! 嬉しいっ。カル、ありがとう!!大好きっ」
私は思わずカルに抱きついてしまった。あんまり嬉しくて、体が勝手に動いてしまった感じ。興奮で頬が上気するのが分かる。
「シア、お前って本当に……」
カルも変身が楽しいのかな。私同様に興奮しているみたい。お忍びってちょっとした冒険だもんね。カルも結構少年っぽいとこあるんだよね。可愛い。母性本能がくすぐられちゃう!
私はすぐにカルから離れて、クローゼットに向かった。
さて、何着てこう。あれがいいな。黒のドレス。大ぶりの赤い花柄プリントで、いかにもスペイン・テイスト! フラメンコの衣装っぽい、ちょっとマーメイドドレスな舞踊風のデザインも好き。
ただ、色的に銀髪と碧眼には合わなくて、タンスの肥やしになってたんだよね。髪を緩く一本の三つ編みして片側に垂らせば、何となくジプシーっぽい! オ・レ!
「へー、髪と目の色違うと、随分と雰囲気変わるな。なんか悪い女に見える」
出来上がった『新生シアちゃん』を見て、カルが感心したような声をあげた。ふふふ。イメージはカルメンよ! 男をたぶらかす悪女! 聖女とは真逆で面白いでしょ。
「それ、褒め言葉だよね? カルも、オールバックだと不良に見えるよ」
髪をワックスで後ろに撫でつけて、黒のスラックスに、白いシャツだけを合わせたカルは、イタリアン・マフィアっぽい。サングラスかけたらズバリだけど、夜にサングラスかけるバカは日本にしかいない。
「褒めてるよな、それ。じゃ、今日は不良学生って設定な。せっかくだから、デートしよう」
デート! カルとデートできるの? 本当に? 嬉しいっ!
「うわぁ。なんかドキドキする。どこ行くの? 私たちだって、バレないかな」
明らかにウキウキしてはしゃぐ私を、カルは嬉しそうに見ていた。優しい人。今日が婚約五年目の記念日だって、きっとカルは覚えてくれてたんだ。
いいよね。今日だけはいいよね。カルと一緒に楽しんでもいいよね。
だって、今日の私は不良少女だから! 子供の積み木だって、足でぐちゃぐちゃ崩しちゃうよっ! 好き勝手に生きていいの!
私たちは手を繋いで、こっそりと学園を抜け出した。親に内緒で夜遊びをする子供みたいに、悪いことをしているような気分になる。
通りで辻馬車を拾って乗り込むと、走ってきたせいで息が切れていた。こんなに走ったのって、いつぶりだろう。
「カル、あのね、なんだか大冒険してるみたい。すごく楽しい! 誘ってくれてありがとう」
「夜はまだ始まったばかりだぞ。これからもっと楽しくなるから! 今夜はハメを外そうな」
そう言って、カルは私にウィンクをした。
ああ、好きだな。カルが好き。できれば、カルと結ばれるヒロインに転生したかった。ずっと一緒にいたかった。
「今夜は、私はカルの彼女って設定でいい? 私たち彼カノ。婚約者じゃなくて」
「いいよ。何の違いがあるのか分かんないけど、今日はシアが主役だ。シアが好きなことしようと思ってるから」
私の好きなこと。なんだろう。カルは、私が何を好きだと思っているんだろう。
馬車が到着したのは、いかにも地元の人だけが来るような、小さなレストランだった。絶壁の正面に塗り込められた白い壁と、トンネルにドアがついたような丸い入口。これは……前世でみたことがある!
そうだ、グラナダの洞窟タブラオ! この世界にも、タブラオがあったんだ!
タブラオにはフラメンコのステージがある。もしかして、ここでもフラメンコに似たショーが見られるのかもしれない。
私は期待に胸をふくらませて、カルの腕にぎゅっと抱きついた。いや、別にタブラオに豊胸効果があったわけじゃないけど。
そして、腕にあたる私の胸に、カルの別の期待が膨らんでしまったことには、私は全く気が付かなかった。
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