23. 完璧に黒
カルの様子がおかしい。すごく怪しい行動を取っている。名ばかりの婚約者とは言え、さすがの私も気になってしまう。
同居してからというもの、一日中ベッタリと張り付いて私を監視していたのに。最近は夜に出かけることが多くなった。
具体的には、私と夕食をとった後、ラフな格好をして外出するのだ。生徒会のトラブルだとか、非常に嘘くさい言い訳をして。
カルとは、もう十年以上の付き合い。そんな嘘で騙せると思ったら大間違いだ。シアちゃんをなめんなよ。かぶっている猫もグレるぞ!
もちろん、帰宅は深夜をずいぶん過ぎて。おまけに少し酔っている。カルは既に十八歳で成人してるので、別に飲酒は問題ないんだけど。
「それ、浮気じゃないの? 女に会いに行ってるんだよ」
「浮気って……。うーん、そうなのかなあ」
「そうだよ、絶対! 同棲してる彼女がヤらせてくれないなら、外で処理するしかないじゃん」
ニナ、あんた本当に貴族なの? もしかして、あなたも前世の記憶持ち? 今の言葉って、そのまんま女子高生の発言じゃ?
「処理っていうのは、娼館とかってこと? でも、王族はああいうところは行かないんだよ。こっそり後宮に呼び出してるはず」
「何、その冷静な意見。シア、あんた気にならないの?」
「ならないとは言えないけど、カルは娼婦を相手にする必要はないよ。どんな相手でも、望めば簡単に寝ると思う」
「そうね、あんた以外はね。で、どうなの? なんかそれらしいとこある?」
ある……と言えば、あるかも。カルは毎晩、疲れているのか、帰ってきてすぐに寝てしまう。まあ、それはいいのだけど、上半身脱いだだけで、ベッドに倒れ込むように眠ってしまうのだ。
うん、それも別にいいのだけれど、問題があるとすれば、その恰好で私のベッドにもぐりこんでくること!
これだけはすごく困る。私がドキドキし過ぎて、眠れなくなってしまう。だって、一緒のベッドで寝るのなんて、子供の頃以来だし。
私が寝入っていると思っているのか、後ろからぎゅうっと抱きしめたと思うと、すぐに寝息を立てる。外でシャワーを浴びてきたのか、石鹸やシャンプーのいい匂いがする。
はい、完璧に黒。これは典型的な浮気男の行動。急に私にベタベタするのも、なんか後ろめたいから? ありえる。わかり易すぎる!
「ある気がする。でも、相手は分かんない」
ヒロインに夜這い? いやいや、サラちゃんは寮生だし、門限は厳しい。連日の外出許可を取るのは不可能だ。
サラちゃんとカルが結ばれるのは、月夜の王宮だったはず。もっとロマンチックで、スポーツの後みたいな様子のカルからは、そんな色っぽさは感じられない。
私たちは図書館の隅っこの閲覧スペースで、宿題をしながらこそこそ話していた。学園は、学期途中にある二週間のハーフターム休暇に入っている。帰省する生徒が多いので、もうあまり人は残っていない。
カルがいないときは、いつも彼の側近のおじいちゃん……と私が呼んでいるセバスチャンが、護衛兼見張り役で張り付いている。がっちり結界も張られてるし、話し声も外に漏れない。
自分は外で好き勝手してるくせに、私は変わらず軟禁状態。カルは色々と抜かりないのだ。
「もうっ! シアはなんでそんなにのんびりなの? 殿下、誰かに取られちゃうよ」
「あ、うん、そうだね。婚約解消かな、そうなったら」
「何なのそれ! なんでそうなるのよ! 諦め良さすぎでしょ」
「だって、しょうがないじゃない。カルが他の人を好きっていうなら……」
「はー。あんたのそういうとこ、ある意味で小悪魔だね。殿下が気の毒だよ」
「なんで? かわいそうなのは、ボロ雑巾みたいに捨てられる私でしょ? ニナの殿下贔屓ひどい!」
私がプリプリ怒ると、ニナはさらに大きなため息をついた。ひどい親友だと思う。だって気の毒なのは私でしょう? 好きな人のそばで、彼の心が離れる日を、今日か明日かと怖がりながら暮らしているんだから!
それもあと一年弱。長くても卒業パーティーですべてが決まる。私の生きる方向性が見いだせる。もちろん、生きてたらの話だけど。断罪処刑だったら、どーしよう。
ニナと別れて、今夜は一人ご飯かなと思いながら部屋に戻ると、カルが私を待っていた。
「シア、今夜は出かけないか」
「え、私と? だって、生徒会のトラブルは?」
「ああ、うん。やっと片付いたから。ハーフタームで学園も休みだし、景気づけにパーッと遊びたいんだ。付き合ってくれよ」
ふーん。景気づけねえ。ここのところ毎晩、散々遊んでたのに、なんで今日は私と? でも、うん、いいか。カルと仕事以外で出かけるなんて、何年ぶりだろう。
「いいわよ。じゃあ、着替えてくるね」
久しぶりの外出に、私はウキウキとした気持ちを隠せなかった。
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