19. 最悪のプロポーズ
目が覚めたとき、自分がどこにいるのかすら分からなかった。見えるのは診療室の天井。お昼休みにカルに魔力を分けてもらって、そのまま寝ちゃったんだっけ?
少し考えて、やっと競技場で起きたことを思い出した。あのとき、急に目の前が真っ暗になって、何かを吐いた気がする。それ以上のことは覚えていない。カルは無事に、競技を終えたのだろうか。
「ああ、気がついたね。気分はどう?」
養護教諭鬼畜医だ。そうか、私はあの後で倒れて、ここに運ばれたんだ。起き上がろうとして、体が動かないのに気がついた。腕には点滴がささっている。
「先生、あの、カルは大丈夫ですか?」
「君って子は。こんなときでもカルロスの心配か。まったく、どうかしているよ。闘竜士に身代わりの護符を施すなんて、バカもいいところだ」
「え、じゃあ、これはそのせいで? カルは……、カルは無事なんですか?」
起き上がろうとジタバタすると、鬼畜医は私の背中の下に腕をいれて、そっと抱き起こしてくれた。いくつもの枕で支えてもらってから周りを見ると、もう夜中になっているようだった。
「カルロスは無事だよ。無傷だ。さっきまで君についていたんだが、一旦、王宮に報告に戻ったよ」
「よかった。無事なんですね」
ホッとすると同時に、目から安堵の涙が流れた。カルは無事だった。それならいい。鬼畜医は、私が泣き止むまで待ってから、蜂蜜を入れたミルクを持ってきてくれた。
「本当に無茶なことをするね。もう少し遅かったら、確実に死んでたぞ。即効性の毒だ。身代わりになったせいで、解毒が遅れたんだよ」
「ご迷惑かけてすみません。でも、毒を盛られた生徒は助かったんですよね?それなら、よかった」
「君は……、カルロスにじゃなく、あの会場全体に守りを施したのか?自殺行為だ!無茶苦茶だ!」
「いえ、あの……。だって、カルは、不正行為とか嫌いなので。彼だけに護符をつけるのは、プライドを傷つけるかなって」
「ばかなことを! あいつのプライドなんて、君の命に比べたら紙みたいに軽いもんだ。そんなことのために君が死んだら、カルロスもすぐに後を追ったぞ」
「そんなこと。カルは私がいなくても……」
「本気でそう思っているなら、あいつが気の毒だな」
鬼畜医はそう言ったけれど、それはヒロインのことを知らないから。あと一年もしないうちに、カルは私には見向きもしなくなる。
むしろ、私がいないほうが、婚約破棄なんてしなくて済む。すぐにヒロインと幸せになれる。
私が黙ってしまったのを見て、鬼畜医もそれ以上は何も言わなかった。
「先生! シアが気がついたって、本当ですかっ」
診療室のドアが乱暴に開かれて、カルが飛び込んできた。闘竜の競技服のままで、服には血がついていた。
「カル、血がっ! 怪我しているの? 大丈夫なの?」
そう言った私に、カルはいきなり抱きついた。体が微かに震えている。泣いているの?
「どうしたの? どこか痛いの? ちょっと待って、今、癒やすから」
「聖女さん、力を使っちゃダメだ。その血は君のだ。彼は無傷だよ」
私の血?これは私の血。あのとき吐いたのは、血だったんだ。
その事実にゾッとした。もしも、襲われたのがカルだったら。闘竜中にカルが血を吐いていたら。そんなことになっていたら、カルはきっと竜に殺されていた。
「先生。少しカルと、二人にしてくれませんか」
「ああ、そうだね。でも、少しだけだよ。君はまだ絶対安静なんだから」
そう言うと、カルにコーヒーを淹れてから、鬼畜医は診療室を出て行った。
「カル、あの、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
カルはしばらく私を抱きしめたままで、身動きすることもなかった。それでも、やがて絞り出すような声でこう言った。
「シア、お願いがあるんだ」
「うん。なあに?」
カルは腕を解いて、両手で私の肩をつかんだ。泣いてはいなかったけれど、目は真っ赤だった。そうして、私の目を覗き込むようにして、こう言った。
「結婚しよう。もう一日だって待てない。今すぐ二人で学園を辞めて、王宮で一緒に暮らそう」
「え、ちょっと待って、なんで急に?」
「急じゃない。婚約からもうすぐ五年だ。俺は十分待ったし、もうこれ以上は離れていたくない」
「結婚は卒業してからでしょう? もう一年もないんだし、急がなくても。カルの気だって、それまでに変わるかもしれないし」
卒業パーティーで、婚約破棄になるかもしれない。それまでは、カルを学園から連れ出しちゃいけない。そうじゃないと、カルはヒロインとの幸せを掴むチャンスがなくなってしまう。
だから、私はこの申し出を受けられない。受けてはいけない。
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