16. 聖女の結界

「ほら、選手入場よ。うわっ! 今年もみんな派手だねえ。さすが闘竜士候補。イケメン揃いだわあ。特にあの子? 新入生ね。見てよ、シア。すごい美形!」


 ニナが指差しているのは、ヒロインの同級生だ。もちろん攻略対象の一人。

 そうか。ここは彼の見せ場。同級生ルートへのフラグが立っていたんだ。


 カルが出場しないなら、きっと同級生の彼がヒロインのキスを受ける。

 そして、そこから、彼のルートが展開していくはずだった。


 なのに、カルが対戦相手として、それを阻止する流れになった。やっぱりこのシナリオは第一王子ルート。


 でも、こんなイベントなかったはずだけど。


 ゲームにはいろいろな分岐点がある。ここがルート変更のチャンスだとしたら、何もおかしな点はない。ここから、第一王子ルートに入っていくというだけだ。


 ヒロインのサラちゃんは、この展開をどう見ているんだろう。


 そう思って彼女を探すと、救護テントの中で治療記録を書いていた。競技には全く興味がないみたい。


 自分にフラグが立っているのに、至極淡々と仕事をしている。その真面目さは素直に良いと思うけど、ヒロインとしてそれでいいのかな。


 この場面、見逃していいの?


「殿下が来たわ。やっぱり、ピカイチだね。あんな男と一緒にいてまだ寝てないとか、シアの気持ち理解できないわ。あんた、女じゃないよ」


 だから、それはおかしいでしょ。この国では聖職者だけじゃなくて、普通の女子だって貞操観念は高い。誰とでもホイホイ寝るわけがない。


 ただし、経験あるなしで特に問題があるわけでもない。この緩さはたぶんゲームが作られた時代背景を反映したもの。

 処女信仰とか幼女趣味っぽくて気持ち悪いという、あの風潮が影響しているんだ。


 カルにとって、私は国に押し付けられた婚約者。大聖女だからってだけで、勝手にペアを組まされた邪魔者みたいなもの。

 もちろん、いい友達ではあるけれど、恋愛対象じゃない。彼にとっては女じゃないの、本当に!

 

 いくら同じ場所に寝てたって、カルは私に手なんか出してこない。期待してこっそり素敵な下着を調達した私がばかだった。

 体でカルを引き留めようなんて手は、もうすでに諦めてしまっている。


 騎馬で入場したカルは、私の前を通るときに軽く会釈をした。婚約者に礼を尽くすのは当然のこと。私も白衣を軽くつまんで、膝を折ってお辞儀をする。


 私たちがそういうやりとりをするのは、いわば慣例というか、古くからのしきたりだった。

 なのに、学園ではすごく目立つらしく、いつも周囲からきゃあきゃあと騒がれる。


 まあね、王族の優雅な仕草に萌えるように、このゲームは設定されているわけで。

 わざとらしいくらいな気障キザな感じが、かなりポイントが高くなる。


 そういえば、そういう恥ずかしい感じの図が、スチルなんて呼ばれてお宝扱いされていた。

 もちろん、私だってカルのスチルは完全制覇済みだ。


 ふと見ると、無関心だったサラちゃんも、目をキラキラさせてこっちを見ていた。

 ほらね、やっぱりね。やっぱり、ヒロインはカルを好きになる。


 そりゃそうよ。カル以上の男なんて、この世界には存在しない。選べるなら、絶対にカルだもん。あとは雑魚ばっかり。正直どーでもいい。いらない。


「ニナ、この競技、勝敗どうなると思う?」


「殿下の勝ちでしょ、どう考えても。キスは死守するって気迫でてるし」


「勝つためには、優雅に仕留めなくちゃいけないのよ? 戦うだけでも大変なのに」


「そうだけど。シア、ちょっと、あんた震えてるの?」


 どうしよう。怖い。カルに何かあったら。私はガタガタと震える体を、自分の腕で抱きしめた。


 ヒロインとキスなんて。こんな危険なことをしなくても、すぐにできるのに。カルはバカだわ。無鉄砲よ。


 大丈夫、まだ、手はある。あれを使おう。


 カルが絶対に傷ついたり、死んだりしないように。何かのときは、私が身代わりになるように。


 私はそう覚悟を決めて、森羅万象、宇宙のエネルギーを集めた。

 人の命を確実に守るには、その代償を差し出さなくちゃいけない。つまり私の命。


「シア、あんた、まさか……」


 私のしようとしていることに気が付いて、ニナは心配そうな声を出した。

 聞こえなかったフリをして、私は会場全体に力を注ぎ込む。


 これで大丈夫。もし、この競技で誰か死ぬことになるなら、それは私だ。カルは絶対に死なない。死なせない。


 そうして、私の神力の結界が有効になったとき、いよいよ過酷な競技が始まったのだった。

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