12. 貞操の危機


 私から流れ出る神力を抑えるように、ヒロインのサラ・オーランドが私の体を抱きしめる。

 何かの魔法を使ったのか、私の神力の流れが止まる。


 どうして? なぜ彼女が私に抱き着くの? 


 もしかして、折っちゃいけないゲームのフラグだった? 養護教諭ルートだと、こういうシナリオになってるのかしら。


「アリシア様!これ以上はダメです。みんな仮病なんだから、いくら癒やしても無駄なんです!」


 ええっ! じゃあ、みんなどこも悪くないの? なのに、なんで倒れるのよ!


 私はすうっと力を収めた。なんとか倒れないでは済んだけれど、気が抜けてその場にへたりこむ。


「それって……」


「すみません。たぶん、みなさんは先生の診療室に行きたいんだと思います。その、色々と……あるみたいで。保健委員会は、先生のファンクラブ的な要素もありますし」


 ええっ! そうなの? そうだったの?


 そう言えば、診療室の仕事は立候補で、去年は私には当番が回ってこなかった。

 じゃあ、保健委員は診療室で、すでにこの男の毒牙に?


「先生、まさかと思いますが、診療室で女子生徒に、い、いかがわしい行為を?」


 私のその質問に、鬼畜医は余裕の笑みを浮かべて、こう答えた。


「ひどい偏見だな。僕は十八歳以上の大人と同意の上でしか付き合わない。嘘だと思うなら、ここにいるみんなに聞いてごらん」


 くっ、新学期が始まったばかりで、十八歳な二年生は学年でも数人。つまり、鬼畜医と関係を持った子は、いないということだ。


 そうか、去年は一年生だったから、私にも当番が来なかったんだ。

 よく考えてみれば、一年生はパシリ……じゃなくて見習いとして、主に外勤だったわ。たとえ聖女であっても!


 卒業していった先輩方。いろんな意味で、大人になって巣立っていかれたのかしら。

 そういえば、今倒れているのはみな二年生ばかり。次のハーレム入りを狙っている子たち?


 なんという風紀の乱れ。いや、いや、いや。いくら大人だと言っても、教師と生徒でしょっ。漫画じゃないんだから、保健室でヤるなっ!


「先生、この件、ちょっと持ち帰らせてください。生徒会長にも相談したいので」


「聖女さんは心配性だな。診療室にはいつも患者がいて、君が思っているようなことは不可能だよ。それより、体が辛そうだ。少し休んだほうがいいね」


 そういえば、へたり込んだまま足が立たない。サラちゃんが支えてくれているから、なんとか座った状態ではいられるけれど。


 私を立ち上がらせようと鬼畜医が伸ばした手を、サラちゃんがパシッと払った。


 おお。ナイス・リアクション!


「アリシア様に触らないでくださいっ。聖女様に触れていいのは、カルロス殿下だけです!」


 え? いや、カルにも別に触らせてないけど。


 それにしても、この展開はちょっとまずい! 自分に靡かないヒロインに興味を持つ美貌のエロ養護教諭。これこそ、この鬼畜医とのフラグじゃないの?


「じゃあ、サラちゃんも一緒に来たらどうだい? 聖女さんが休んでいる間に、付き添ってあげればいいだろう」


 それじゃ、サラちゃんが危ないじゃないの。絶対にそれはダメ!

 カルが触れるまで、サラちゃんはサラッサラのまっさらでいてもらわないと!


 多摩川に晒す手作りさらさらにって序詞付いちゃうくらい、サラちゃんは更にカルにがっつり愛される予定なんだから。

 その前に、こんな男に摘み取られてなるものかっ!


「私は大丈夫です。もうお昼ですし、休憩は自分で取りますから。みなさんも、持ち場に戻ってください。まだ、怪我人のお世話があるでしょう?」


「強情だな、聖女さんは。でも、その真面目で健気なところが、ますますいじらしいね。卒業前に十八歳にならないのが残念だ」


 キモっ!なんで私の誕生日を知ってるのよ。それ、個人情報でしょう?


 薬を盛ったと疑ったのは悪かったけど、やっぱりこの男は要注意人物。

 一年生のサラちゃんはまだ十六歳だと思うけど、油断はできないわ。


「サラさんも、もういいわ。ありがとう。一人で立てるから。私のことなんかより、自分の身を守ってね」


「人のことより、自分のことが先だろ」


 この場にいた鬼畜医やヒロインを含めた全員が、その声の主を振り返った。


「シア、迎えにきたぞ」


 そう言って手を差し出したのは、紛れもなくこの国の第一王子。私の婚約者のカルだった。


 迎えにきたのは、私なの? サラちゃんじゃなくて?


 飲み込めない状況にすっかり混乱した私は、うっかりその手を取ってしまった。

 これはフラグだ。ここでカルが助け船を出すのは、本当はヒロインのはずだったのに!


 悪役令嬢ってすごいお邪魔虫。やっぱり私は、ここにいちゃいけない。

 私はますます自分の存在に落ち込んだ。

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