11. お色気担当攻略対象

「ねえ、殿下、こっち見てるよ」


「カルが見てるのはサラちゃんよ。ほら、新入生の」


 私たち保健委員がいる救護テントは、競技場を挟んでVIP席のちょうど反対側。カルがいる位置からは、少しだけ下にはなるけれどほぼ真正面だ。

 競技を見ていれば、自然と目に入る位置になる。


 今日は競技大会。もちろん、競技をするのは男子のみ。淑女はスポーツなんてしない。だから、応援するだけの存在だ。


 そりゃ、男子は張り切るよ。女の子にいいところ見せたいもんね。


 重傷者が出た場合だけ、私の神力を使うことになっている。かすり傷とか打撲程度なら、別に治癒を施す必要はない。

 大怪我なんて滅多に出ないから、今日は気楽だ。


「ああ、あの子か。生徒会の勧誘を断って、うちに来たんでしょ。珍しいよねえ」


「優秀な子よ。医者を目指してるんですって」


 王妃になったら奉仕活動は必須。慰問には医療現場はつきものだし、そういう環境に慣れておくのはいい。


 さすがヒロイン! 用意周到だ。


 私はちらっと彼女を盗み見た。白衣を着てニコニコしながら、怪我人の傷の消毒をしている。


 スタイルいい美人が白衣って、プレイな感じで凄まじくエロい。会場中の男子の視線を集めていると言ってもいい。


 そんなヒロインに吸い寄せられたように、性格に難ありな人間が近づいてきた。

 ジュースの入った大きな水差しデカンタを持っている。それを生徒用の飲み物テーブルに置く。


「みんな、お疲れ様。冷えてるから飲みなさい。この天気だし、水分補給は必須ですよ」


 出たな、お色気担当攻略対象。晴天の朝っぱらから匂い立つような夜の大人の色気を漂わせているのは、養護教諭なる医者。

 長く伸ばした黒髪を後ろで結んで、甘い笑顔を浮かべている超絶美貌のイケメンだ。


 いわゆる『保健室の先生』が若い男って、この学園はどうなってるのか。そこは、癒し系のお姉さんキャラ教諭を配置するところでしょうが!


 男性教師には『身近にいる大人』というだけで、学校内のティーンな女子に一方的にモテるという特典が存在する。そして、少なからず生徒に手を出す不届きものもいる。ロリコン?


 とはいえ、この養護教諭は本当にモテそうな男で、しかも本物の医者。専属医を雇うなんて、貴族の学園ってどれだけ金あるんだろ。


 まさか、ヒロインとのお医者さんゴッコ要員? ダメダメ! ヒロインの貞操は私が守る。だって彼女は、カルが恋する大事な人にだから。


「お気遣い、ありがとうございます。ここは私が見ていますから、先生はVIP席のほうにいらして大丈夫ですよ」


「君がいるから、余計に心配なんだよ。この間も倒れたばかりだ。ここは日差しが強い。僕の診療室で休んだらどうだい? ベッドもあるし、ゆっくり休憩できるよ」


 そんな色っぽい流し目で誘われて、一体どこの誰がそんな危険な場所に行くと言うのよ。ありえないわ、このエロ教諭っ!


「結構ですわ。おかげさまで回復しましたし、今はすこぶる元気ですから」


「そう?こんなに真っ白な顔して、体温も低い。温めてあげようか?」


 そう言って、エロ教諭は人差し指の外側をつかって、私の頬をなでた。背筋に悪寒が走る


 き、キショク悪っ。


 この人、絶対にナルシスト。自分の姿に酔ってるんだ! セクハラというか、生徒にそういうことを言うのはもう犯罪の域。


 うせろ、悪魔よ!


 パシッとその手を払ったとき、周囲でバタバタと保健委員が倒れた。エロ教諭が彼女たちに駆け寄って脈を取る。


 触るな、変態め!


 まさか差し入れのジュースに変なものが? 媚薬? ありえない。

 どこまで鬼畜なのよ、この男。こうやって、何人もの女子を自分のベッドに誘い込む気? 


「大丈夫よ。今、浄化するから。そのまま動かないで」


 鬼畜医養護教諭の差し入れを飲んでも、倒れていない子もいる。人数を特定できないから、保健委員全員向けて力を使うしかない。


 私はパアっと浄化の光を放出して、周囲の様子を観察した。


 かなり力を出しているのに、倒れた子たちは起き上がらない。でも、さっきより数は増えていないので、きっと効いてはいるはず。


 それにしても、なんで回復しないんだろう。この男の目的はエロ。命を狙っているわけじゃない。

 なのに効き目がないって、もしかして原因は先生のジュースじゃなかったの? 私は別の何か見落としていた?


 更に力を込めようとしたとき、急に目の前に鮮やかなピンクの髪が飛び込んできた。


 私に抱き着いたのは、なぜか噂のヒロインその人だった。

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