09. 入学式イベント

 いよいよゲーム開始イベンドが発生した。してしまった。これが来る前に、神殿に避難するか、婚約を解消しておきたかったのに!


 目の前には、入学生代表として挨拶を述べるヒロイン。ピンク色のストロベリー・ブロンドに、赤みがかった茶色の瞳。この色はマホガニーというはず。


 人間とは思えない黄金比率で計算されたような造作。日本人ゲーマーの需要に応えると、もはや人も人ではなくなってしまう美しさ。


 最新のゲームを見てみよ! 正にあの美しいキャラたちこそが、この世界の人間の顔なのだ。


 実際にこれ、普通じゃないでしょ。天然でピンク髪なんていない。赤い目だって、遺伝子性疾患以外はないぞ? 

 西洋人をなめんなよ。彼らもみんな普通の人間。こんな色彩はほぼ存在しない!


「あれがサラ・オーランドか。噂通りの美人だな。お前、負けてんぞ」


 挨拶を終えたヒロインが席に戻るというとき、カルが私に耳うちした。本当に耳に息がかかるくらいに近くで話すので、つい頬が火照ってしまう。


「余計なお世話。よかったね、評判どおりで。スタイルもいいし」


 顔が赤いのをカルに悟られないよう、私は余所行きの表情を作ってにっこり笑ってみた。

 本当は笑うどころか、泣きたい気分だったけど。でも、ここではダメ!


 この国の第一王子と大聖女のカップルは、どこにいても見世物、いや、注目の的だ。

 こういう式典はいつも壇上に座るので、全校生徒がこちらを見ていると言っても過言ではない。


 さっきのカルの仕草も、一般生徒から見れば、婚約者と仲睦まじくささやきあっているように見えたかもしれない。

 別に仲が悪いわけじゃないけど、睦まじいわけでもないのに。


 今、第一王子はヒロインとの出会いを果たした。他の攻略対象たちも、もちろんこの会場にいる。いよいよヒロインと恋に落ちる準備に入ったんだ。


「なんだよ、少しは妬くかと思ったのに。つまんねえ反応」


 どこの国に、こんな粗野な口をきく王子がいるっていうのよ! 日本人のラテン男像、なんか間違っていると思う。全員がワイルドな男じゃないんだぞ!


「しーっ。カル、聞こえるよ。次は挨拶でしょ。みんな見てる」


 優秀な第一王子はお約束通りに学園でも生徒会長だし、こういう式典では王族としての挨拶もある。


 王族の正装は軍服で、実際のスペイン王家も同じ。なのに、こうも素敵だと萌えを意識した設定かと疑ってしまう。


 今日は黒を基調にした詰め襟に金ボタン。オレンジ色の襷のようなサシュとリボン状の勲章、その上の肋骨あたりにつく星章は、いかにも高貴な雰囲気を醸し出している。


 ラテンの男らしく、カルは黒髪に黒い目だけれど、その容姿はとても整っている。ワイルドではなく繊細で優美な美形。それでも背は高いし、鍛え抜かれた身体は着衣越しでも分かる。


 これで、モテないはずはない!


 事実、この学園の女生徒はうっとりと壇上のカルに見惚れている。そして、カルも王室のイメージを壊さないよう、人前ではものすごく猫かぶるのだ。


「分かってるよ。これも王族の責務だろ。任せておけって」


 そうだね。知ってる知ってる。いつもお役目、頑張っているもんね。本当は、堅苦しいのが嫌いなのに。

 そういうところも、カルは偉い。だから、私も負けていられない。


 聖女には、最後に新入生に祝福の奇跡を与えるという責務がある。なんのことはない、守りのまじないのようなもので、たいした力は使わないけど。


 華麗な挨拶を披露した後、カルは割れんばかりの拍手が収まるのを待って席に戻ってきた。そして、なぜかついっと私の手を取る。


 あれ。こんなの式次第にあったっけ?


 どうやら、聖女の挨拶へのエスコートをしてくれる気らしい。私の手を引いて、また壇上の中央へと戻る。


 どうしたんだろう? 今まで、こんなことなかったのに。


 いつまでもカルが手を離してくれないので、私は彼の手に自分の手を重ねたまま、右手で裾をつまんで深々とお辞儀をした。


 会場は静まり返って、息をするのもためらわれる厳粛さ。


 なんというか、暴徒を前にバルコニーでお辞儀をした、マリー・アントワネットの気持ちが分かった気がする。生贄になった気分。視線だけで殺されそう。


 私だって生徒の一人なのに、聖女の式服を来ている。白一色の一切飾りのないドレス。

 でも、裾も袖も先端が広がっていて、絶対に走って逃げられない服装だ。


 まあ、神力があるから、何かあってもその場で反撃はできるけど。


 ラテンの国にはウェーブがかかった漆黒の髪が多い中、私は全く癖のない直毛の銀髪。瞳はこの国の日差しには耐えられないような紺碧あお


 ダーウィンの進化論なんか無視した、どう見てもモブから一線を引くために作られた特別キャラが私だ。


 これは、いかにも聖女らしい感じを出すための、たぶんゲーム演出家のこだわりだと思う。


 そして、私の毒はこの静謐にして神聖な姿にある。意地悪するだけが悪役令嬢じゃない。

 むしろ、こういう侵し難い存在こそ、ヒロインには目の上のたんこぶなのだ。

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