07. キリスト教的な宗教観

 祈祷巡業の後は、必ず王宮に宿泊することになっていた。たぶん、聖女と王子との親交の機会としての意味もあるんだろう。


 すべては大聖女が正神殿に住んでいたころの名残。正神殿は信仰の総本山で他国にある。そう簡単には行き来できないからだ。


 政略結婚とはいえ、良好な関係を築くには、コミュニケーションが重要。

 政治や経済、この国の在り方について? そういう有意義な意見交換をする場。


 だけど、実際にはそんな体力的な余裕はない。こんなに疲れてて、どうやって難しい話なんてできる? 脳に糖分が足りないよ。


 特に、ゲーム開始イベントのが近づいてくるにつれて、疲労が半端じゃなくなっている。きっと、精神的なストレスのせいだ。


 いつも、夕食もそこそこに寝室へ引き上げてしまうけれど、カルは特に不満を言うこともない。


 まあ、もう長い付き合いだし、今更、親交もへったくれもないんだけど。


 学期中は学園でもずっと一緒だし、休暇中だってなんやかんやと私の屋敷を訪ねてくる。

 いつも珍しい食べ物やお菓子をいっぱい持ってくるので、使用人たちに大歓迎されている。さずが、国民サービスのプロ! 


 それが大聖女のお仕事への対価だと思っているのかもしれない。聖女の奇跡は奉仕活動。それ自体に払われるものはない。


 もちろん、聖職者としてのお手当はお布施からいただいている。なので、ある意味でボーナス的な労いと言えばいいのか。


 ゲーム作家のイメージとしては、正神殿は教皇がいるバチカン的なものに違いない。

 神殿に仕えるものは未婚が原則で、つまりは男女の交わりで穢れていない者だけ。


 これはどう考えてみても、カトリックの聖職者と同じ設定。神父もシスターも、男女の繋がりを超えた存在とかなんとかって話だし。


 神殿はとにかく禁欲の世界。肉欲を戒める地下反省室には、自分で自分に使う鞭もある。

 さすがに怖くて。そこには入ったことはないけれど。


 えーと、えっちなことに関しては自己申告。とはいえ、信仰的に神様はなんでもお見通しということなので、嘘をついて神殿に仕える罰当たりな者はいない。


 いや、いないと思うんだけど、本当のところは謎。だって、確かめようがないでしょ? 


 昨夜も、カルは私を寝台に下ろすと、いつものように部屋を出ていった。

 やっぱり何もなかった。当然か。聖女と何かあったら、それはまずい。


 聖女の任期終了は十八歳。それまで、私は清らかな身でいる必要がある。神殿に住んでいなくても、身分は聖職者だから。


 私の場合は、誕生日よりも先に卒業パーティーが来る。聖女のままで婚約破棄なら、正神殿に行けばいい。

 どんな罪状でも、あそこは治外法権だから、殺されることはない。


 カルが私に死刑を宣告するとは考えられないけれど、ゲームにはシナリオの強制力があるという。

 それは前世ではある意味でお約束だったし、何が起こるかわからない。用心に越したことはない。


 昨夜も願い通り、ちょっとエッチで素敵な夢を見た。それはすごくうれしいのに、結構キワドイ行為に罪悪感もあったりする。


 本当だったら、いますぐ神殿の反省室に駆け込む案件かもしれない!


「ちゃんと眠れたのか? 睡眠不足は美容に悪いらしいぞ。お前だって、それ以上は崩れたくないだろ」


「おかげさまで。たっぷり眠ったので、肌もつやつやになったよ。お気遣いありがと。余計なお世話だけどね」


 お勤めの翌日はカルと一緒に朝食をとり、そのまま一緒に学園の寮に戻る。男女の寮は別なので、そこでようやくお別れとなる。


 それが寂しいというよりも、ホッとする自分に切なくなる。


 今朝もカルは一言多いけど、私を気遣ってくれていると思うと、胸がジンとしてしまう。我ながらチョロい女だ。


 それにしても、王宮のベッドはすごくいい! グッスリと朝まで爆睡……いや、熟睡できる。王室御用達っていうのは、やっぱり質が違うんだと思う。


 なんだか神力も回復しているみたいで、本当に元気になった気がする。お肌も輝くみたいにプリプリになるし、唇も充血したみたいにふっくらとしている。


 最近は胸の成長が加速している気がするけど、さすがにこれは王宮とは関係ないだろう。

 十八歳で結婚する男女が多いことを考えれば、女性としての成長ホルモンのせいかな。


 でも、それは悪くない。カルの前では、少しでも綺麗でいたい乙女心。


 王宮での朝食は、いつも中庭で食べる。太陽の光も鉢植えの緑も、こぼれんばかりに咲き乱れる花も。クロワッサンやコーヒーのいい匂いも、やさしいカルもみんな大好き。


 私だって婚約破棄なんてしたくない。ずっとこの王宮でカルのそばにいたい。それが私の偽りのない本音。


 そして、カルには絶対に悟られてはいけない気持ちだった。

 

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