05. 推しキャラは第一王子
「おい、少しは食べろよ」
「いらない。疲れすぎて、胃が受け付けない」
王宮に用意された大聖女の部屋には、毎度のことで豪華な晩餐が用意されている。
一日がかりの苦行を労うつもりかもしれないけれど、そんなことよりベッドに横にならせてほしい。
「昼食もほとんど食べてないだろ。あんなに力を使ったのに」
「私のことはいいから。カルが食べなよ」
「俺の話をしてるんじゃないだろ。ちゃんと聞いてんのか?」
「無理。もう眠くて何も聞こえない」
疲労で会話をする気にもなれず、私は適当にそう答えた。
この国の第一王子カルロス殿下に対して不敬に聞こえるかもしれない。でも、人がいないところでは私たちはいつもこんな感じだった。お互いに遠慮がない間柄?
私たちが初めて会ったのは、まだ十歳のとき。それから約八年。腐れ縁というか、なんというか。だから、憎まれ口は叩いても、別に仲が悪いというわけじゃない。
今でも、プライベートでは互いを愛称で呼んでいる。アリシアの「シア」とカルロスの「カル」。この呼び方は昔からの癖なので、今更もう変えられない。
五年前に私の聖女の力が目覚めるまで、私たち普通に友達だった。年齢も同じだし、いろいろと一緒にいる機会も多かったし。
本当のことを言うと、私はカルが大好きで、いつも彼にまとわりついていた。
だって、口は悪いけど顔はいいし。意地悪じゃないしバカでもない。なんなら、かなり優しいし気遣いもできるし。
だから、慣例の「結婚するべき大聖女様」が現れなければ、なんとなく公爵令嬢の私が婚約できるかなあと。そんな希望を持っていたことは認める。
まさか、自分がその大聖女様になるとは思わなかったけど。
「大丈夫なのか? そんなにキツいなら、祈祷巡業やめていいんだぞ」
「は? 何言ってんの。助けを求める人たちが待ってるんだよ。やめるとか無理でしょ」
「シアが倒れたら、誰が彼らを助けんだよ。本末転倒だろ」
「そうだけど。でも、あとちょっとだから」
「なんなんだよ、その期間限定。意味分かんねえ。俺と結婚したら、シアの責務はもっと重くなんだぞ。しかも半永久的に」
大丈夫。その未来はない。だって、私はヒロインじゃないから。
聖女の力が覚醒したとき、同時に私は前世の記憶もばっちり思い出した。そして、知ってしまったのだ。
自分が大好きな乙女ゲームに転生したこと、そして、己の立ち位置がかなり微妙なこと。
「婚約のことなんだけど、その、破棄というか、解消になるんじゃないかな」
「また、それか。なんで、そう思うんだよ。五年も経って、何を今さら」
「うーんと、来週は新学期でしょ。ほら、新入生が入ってくるし」
「だから何? それとこれと、何の関係があるんだって話だろ」
ヒロインは一学年下。平民出身だけど容姿端麗学力優秀。性格も良くて人気者という設定だった。
つまり、彼女にないのは身分だけ。そんなものは王家の力でなんとかなる。
攻略対象は他にも色々いるけれど、もし第一王子ルートに入ったら、私の立場は一気に邪魔者の悪役令嬢に堕ちてしまう。大聖女の立場をつかって、殿下を婚約にしばりつける悪女。
聖女が悪女って、なんなの、コレ。設定がめちゃくちゃ。さすがご都合主義の乙女ゲーム。
つまりは、ヒロインの障害になるものは、容赦なく悪者になるということだった。
そういう未来を知っているのに、指を咥えて待っているだけというのはいただけない。
だから、この五年間、私は聖女としてのお勤めをきっちり果たしてきた。婚約破棄に備えて、実力と実績を積んだ。
さすがに、国外追放や勘当なんてことは回避できると思うけれど、それでも一生独りで生きていけるコネも作った。
なので、将来設計は概ね順調と言っていい。問題があるとすれば、それは私がなかなか気持ちを切り替えられないこと。
カルがヒロインを好きになって、それで私と婚約を破棄するとか。今の私にはまだまだ精神的ダメージが大きすぎる。
もし、ヒロインが他の攻略対象を選んだなら、私はそのままカルと結婚できるかもしれない。でも、それは確率的に低いと思う。
だって、誰が見てもカルが世界で一番素敵だから! 前世でも私の推しだった。憧れキャラだった。いつも彼ばかり選んで攻略してた!
第一王子カルロス・ルートの婚約破棄は、卒業パーティーに起こる。日本発のゲームなだけあって、それはもちろん三月になる。私はずっとこの恋が終わるその日に備えてきた。
それがいよいよ、一年後に迫った今となっては、むしろ破棄される前に解消したいと思うようになっていたのだった。
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