04. 乙女ゲームに転生した私
仰々しい宗教行列の輿の上で、私は前に両腕を差し出す。そして、空気を掬うようにして両手を胸の前まで持ち上げて、そこから聖女の力を溢れさせる。
見た目には、手のひらにドライアイスを仕込んでるような感じかな? もちろん、氷もないようなこの世界に、そんなものは存在しないんだけど。
真っ白い煙のような力が湧き出て、周囲へと広がる。そして、それが空気で拡散して、国中へ流れていく。
これって、本当に何なの? 何度やっても驚いてしまう。こんなすごい力、神様もびっくりだと思う! 聖女の神力とはよく言ったものだ。言い得て妙とは、正にこのこと。
実際、聖女の奇跡を見た人たちは、なんだか怪しいくらい信仰に走ってしまう。こんな派手なパフォーマンスじゃなく、神殿の中で静かに祈るほうが絶対にいいのに。
だから、これは万民や国のためというよりも、王族の人気取りというか、お国自慢なんだだと思う。こんな偉大な力を持つ聖女を囲っているのは、俺らなんだぞっていう。
そして、カル……ロス殿下が私に毎週付き添うのは、私の婚約者が自分であるということを誇示するためのお勤め。それ以外の何ものでもない。
そんなことは分かってる。でも、それにしたって、やっぱり付き添うのは大変だと思う。
こんなことしても意味はないのに。どうせもうすぐこの関係も終わるのに。
もしかしたら、終わるからこそなのかもしれないけど……。
大聖女の輿を担ぐ神殿の職員は、みな目の部分だけ穴の開いた頭巾をかぶっていて、顔が見えないようになっている。
白い覆面に三角帽、そして白い聖職服とローブ。はっきり言って、傍から見たらかなり不気味だ。
私も最初にこれを見たときには、神聖というよりは怖かったのを覚えている。
そう、あれは前世の出来事。私がいた世界に存在したイースターと呼ばれる
休暇中に海外旅行で訪れたスペインのセビリアで。石畳に出されたカフェのテラス席で、私はちょうど朝食を摂っていたところだった。
そこに突然、あの行列が現れた。日本から来たOLがその光景に驚いても、別に不思議はないと思う。
十字架にかけられたキリスト像を乗せた輿はパソといい、それを担ぐ人をコスタレーロと呼ぶ。豪華な輿は重そうで、担ぐのは相当の重労働。信仰心より体力勝負かもしれない。
それに付き従うのは、白い尖った帽子と覆面をした信者たち。人々の罪を悔い改めるために、彼らに代わって市中を練り歩く。
確か受難者を意味するナザレノと呼ばれる人たちだ。キリストが生まれたのがナザレ地方だから、それに関係する名付けだと思う。
あの時は、まるで古いイタリア映画の中にいるような気分だった。うん、イタリアじゃなくて、スペインだったんだけど。
要はカトリックのお祭りってことで、きっとイタリアでも同じようなことをしていたんだろうと思う。
その年のイースターは四月だったか三月だったか。カレンダーによって時期がズレるので、確かなことは覚えていない。けれど、私の前世の記憶はそこで途切れる。
きっとあの旅行で、私は命を落としたんだと思う。事故か病気か。事件に巻き込まれた……という覚えはないな。
身寄りがなかったから、死後は憧れのスペインの土になれたのかもしれない。もしそうなら、とっても素敵だと思う。
もちろん、身元確認やらなんやらで、日本大使館の人には相当な迷惑をかけたとは思う。けれど、死んでしまったものはしょうがない。許せ!
この『異世界』は明らかにスペインがモデル。生前の私の大のお気に入りだった『スペイン風味な乙女ゲーム』の世界なのだ。
乙女ゲームというのは、当時の日本で流行っていた
ただし、攻略するのはダンジョンみたいな場所じゃなくて、やたらキラキラした素敵男子たちだった。
どうして複数かっていうと、その中の誰を攻略するかで、ルートと呼ばれるシナリオが変わるから。選んだ攻略対象イケメンと両思いになれば、見事ハッピーエンドのゴールとなる。
この『スペイン風味な乙女ゲーム』の攻略対象は六人。この国の第一王子、養護教諭、他国の皇帝、幼馴染、同級生。そして、最後の一人は聖獣の長。
ヒロインは
私の名前はアリシア。外交官の父を持つ公爵令嬢で、大聖女の称号を冠する第一王子の婚約者。
つまりはヒロインの恋の障害になる『悪役令嬢』と呼ばれる役どころだった。
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