03. 聖女のお仕事
季節は春。外の日差しはもう眩しい。太陽はすでに熱い夏に向かって準備を始めていた。
「大聖女様。そろそろ祈祷のお時間です」
この国の信仰を司る神殿の職員が、控室までわざわざ私を呼びに来た。声から察するに、結構な年配のおじさま。今日もお勤めお疲れ様です。
「すぐに参ります。外でお待ちください」
彼が部屋の外へ出たのを確かめると、私は裾が長く引かれたスカートをたくし上げた。
祈るだけなのに、どうしてこんな仰々しい衣装が必要なんだろう? おためごかしも甚だしい。
「お手洗い、行っておこ。次に行けるのは昼食の時間だもの」
私はそう独り言つ。
いくら神聖な儀式とはいえ、聖女だって人間……のはず。摂取すれば排泄もする。神格化するのは止めてほしい。
おかげで尿意を抑えるために、朝から私は水分を控えている。この涙ぐましい努力。
「本日の護衛も、カルロス第一王子が志願されました。すでに輿の側でお待ちです」
「……承知いたしました」
私はこっそり、ため息をつく。
なんで志願するのよ! こっちが必死に避けているのに、わざわざ会う機会を増やしてどうするの?
「やあ、今日も厚塗りだ。よっぽど素顔に自信がないんだな」
私の顔を見た途端、カル……ロス第一王子殿下が軽口を叩く。
「ごきげんよう。これは日焼け対策ですの。素顔は関係ありません」
だって、この国の紫外線は春でも強すぎる。綺麗な小麦色に焼けるならいいけど、私の肌は茹でたロブスターみたいに真っ赤になるだけ。虚しいの。
「ふーん。まあ、そういうことにしておこうか。大聖女様はイメージが大事だしな」
もうっ。何なのよ! 喧嘩を売ってるとしか思えないんだけど。
「そう言う殿下も、ずいぶんと張り切ってらっしゃいません? 何もそんな王族の正装をしてまで、毎回毎回私に付き添っていただかなくてもいいんですよ」
今日は黒の詰襟に、ベルト代わりの赤いサシュ。肩章と袖口の刺繍には金糸がふんだんに使われている。国王は軍の最高司令官。その一人息子の彼も、正装は当然に軍服だった。
「これは国民へのサービスだ。大聖女と第一王子を揃って崇めようと、各地から集まってくるんだからな」
「ですから、殿下がこの儀式に参加しなければ、そこまで大げさな話にはならないんです」
「いまさら止められるか。もう何年こうしていると思ってるんだよ」
五年……かな? 私が大聖女になってから毎週だから、回数としては二百くらいは軽くこなしているかもしれない。
「そろそろ十分じゃありませんか? 来年はもう卒業だし、どっちにしろ私が正神殿に入ったら、この週一回のお勤めもなくなるんだし」
「まだそんなこと言ってるのか。卒業と同時に結婚だろ。神殿勤めは諦めろ」
「いやです。それに、婚約は破棄になりますから 」
「それはない」
「なぜです? 殿下だって好きな方と結婚したいでしょう」
「これは国王陛下の命令だ。それに大聖女と第一王子の結婚はこの国の慣例」
「そんなもの。殿下が嫌だと言えば、一発でひっくり返りますよ」
「もう出発の時間だ。その話は後にしてくれ」
また、はぐらかされた。いつもこうなんだから! 私の話なんて、聞いてくれない。
カル……ロス第一王子殿下から差し出された手を取って、私は輿によじ登った。
この輿がね、本当に乗り心地が悪いの。まさに苦行。もちろん、揺れ防止もされているし、寒暖に耐え得る魔法はかけてあるんだけど。
でも、だからって、どんな天候でもおかまいなしに市中を練り歩くとか、普通はありえないでしょ。
雨天中止って言葉が通用しない。大聖女の奇跡というより、いわば一種のパフォーマンス。
今日みたいな天気の日はうっかりすると日焼けが辛いし、嵐の日はずぶ濡れになる。雪は頭に積もるし、風に飛ばされないように手すりにしっかりつかまって祈るときもある。
だから、こんな苦行に付き合おうっていうカル…ロス殿下の気が知れない。馬で私に同行するから、彼も同じような目に遭っているのだ。
「ほら、見ろよ。もうあんなに人が集まっている。防御魔法をかけるぞ。お前の身の安全は俺と騎士が保証する。だから、今日も彼らのために存分に祈ってくれ」
大聖女の力は、祈りで発動する。万人の病を治癒し、大地を浄化して、魔物避けの結界を張る。
今日の奇跡もそれだ。正にチート。こんな能力、普通の人間に持てるわけない。
魔力や魔法があって、魔獣や聖獣がいるこの世界も、私が生きていた普通の人間がいる世界とは違う場所。
ここはいわゆる『異世界転生』というものの果てに、私がたどり着いた国だった。
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