桃の部屋 《竜之介》

「やー、お兄さんに自宅の場所教えといて良かったなあ……もう今夜は遅いし、有栖ちゃんもお兄さんもここに泊まっていったらどう?むさ苦しいところだけど。あー、有栖ちゃんがいるならソファより、布団のほうが寝やすいよね?」


桃はそう言うとさっさと奥に行ってしまう。


「え、でも……こんな急に」


戸惑う有栖に、


「そうだ!せっかくだからさ、布団並べてみんなで寝ようぜ」


ひょいと桃が瞳を覗かせて、なにやらうれしそうに言う。


   

僕たち三人は、結局、桃が用意してくれた布団に横になった。


リネンはしっかりクリーニングされていて、パリッと糊が効いている。


兄は、前の職場に顔を出したいとか言って出て行ってしまった。


前の職場って、バーテンダーをしていた頃の店だろうか…。


兄が去る時、有栖が不安そうに兄のコートの袖を掴んでいた。



兄は優しく笑って、有栖の髪を撫でると


「大丈夫、どこにも行かないよ…さっきはごめんな」


と言った。


やっぱり僕がいない間になにかあったっぽい。



桃が母親と暮らしていたという8畳ほどの部屋は、びっくりするほどなにもなかった。


無造作に桃の服が入れられたプラスチックのカゴがふたつ、そして学校の教材や分厚い本が押し込められた安っぽいカラーボックスがあるほか、家具らしい家具もない。


昭和時代のような照明がひとつ、部屋を照らしている。カーテンもない窓からは隣りのビルからのド派手なネオンがチカチカと光っているのがみえた。


「桃くん、高校の頃もここから学校に通っていたの?」


布団のなかから有栖が尋ねる。


目元が赤い。


泣いたあとの有栖の顔だ。


兄が泣かせたのか、僕のせいで泣いたのかはわからない。


「そーだよ。生まれも育ちもネオン街。ごめんね、治安が悪いとこで寝かせちゃって」


僕を挟んで、桃が答える。


布団はふたつ。


僕は有栖側に多く入る感じで、有栖と桃に挟まれて横になっている。


まさか、こんな雑魚寝をする日が来るなんて。


有栖はううんと言って笑う。


「……なんか合宿みたいでわくわくする……」


「そうだね!」


僕を挟んでふたりは会話する。


「こらこら、有栖、こんな雑魚寝は僕と桃だからいいけど、他の男の人としちゃだめなんだぞ」


僕が嗜める。


有栖がくすくす笑う。


「竜之介はどっかのおかんみたいだなあ…逆に自分がやましいことばっか考えてるからそんな発言がでるんじゃない?」


桃がおもしろがるように言う。


「なっ……!」


「……竜之介と桃くんならこれからもいいんでしょ?」


僕は自分で自分の首を絞めてしまったようだ。


桃はどこにいてもカラッと明るく、飄々としていて、こんな…一日中日が当たらない部屋で暮らしているなんて全く想像がつかなかった。


本人は明るく話していたけど、このきちんとクリーニングに出されてふかふかに清潔な布団……本当はいつ母親が帰ってきてもいいように準備してるんじゃ……なんて訝ってしまう。


桃は本当は僕たちにここを、自分のルーツを見せたくなかったのでは?それとも、ずっと話したかったのかな…わからない……。


もやもやしていると、隣のビルの安っぽいネオンに頬を照らされた有栖がまた呟く。


天井を眺めている。


「今夜は本当に不思議な夜……。私、欲張りなのかな……お兄ちゃんにも竜之介にも……桃くんにもどこかに行って欲しくない….幸せでいて欲しい。桃くん、またおうちに遊びに来てね」


「モチロンよ!」


また僕を挟んでふたりで話をしている。


よく考えたら、有栖は週刊誌が出てから、初めての外出だった。


あまりに遅い時間だったからマスコミもいなかったんだろうな……

桃はここまで計算していたのかな?だとしたら凄すぎて怖い……


本当に侮れない…

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