兄の提案《竜之介》

兄は、僕のスマホをテーブルに置くと、ポケットから煙草を出す。

煙草に火をつけ、一口吸ってから、なにか思案したような憂いのある顔をして、ややあって、だしぬけに言った。


「なあ…桃は有栖が好きなんだよな…?」


有栖は先ほど寝かしつけた。(寝かしつけるというと、有栖は少し膨れるが、それがまたかわいい)

不安にならないように、今夜はベッドのテーブルランプもつけてきた。

それでも起きる気配には気をつけながら僕らは、ダイニングで話をしている。


「……たぶん……」

(それと、僕が好きと言っていた…)


兄の突然の問いに、ちょっと面食らいながら言葉に澱みながら答える。


「なんで? 急に……」


兄がタバコを灰皿に押しつけながら言う。

 


「…桃くんに、有栖と付き合ってもらうわけにはいかないだろうか……」


「はあ?!」


なに言い出すんだ、兄貴。

僕の声のボリュウムが少し上がったので、兄は、しっと人様指を立てる。


「なに言ってるん…だよ…」

思った以上に動揺した声が出てしまう。


「そのままの意味だよ…

桃くんは、まあ見た目は派手だけど、芯がしっかりしていて、明るくて機転も効いて、勇気もある。頭の回転も早い。腕っぷしも強そうだ。有栖のことを気に入ってる。

なにより、有栖も……桃くんには心を開けるみたいだ……」


僕はカッとなった。

「本気で言ってんのか、兄貴。桃が有栖と付き合いたいとか言い出すのならわかる。なんで兄貴からそんなセリフがでるんだよ……わけわかんねえ」

思わず乱暴な言葉使いになってしまう。


「別に昨日今日に思ったことじゃないんだ……ずっと考えていた。有栖が入院してる頃から」

兄は目を伏せた。


そんなに前から?

有栖と桃を?


「ずっと有栖のことを守っていくって言ったじゃんか、あれは嘘だったのかよ」

わけのわからない憤りで声が震えそうになる。

ああ、だめだ。


「嘘じゃない。生涯かけて守っていく」


兄の涼やかな瞳にが静かに炎がともったような気がした。


「兄として」


「なに、そこに桃や有栖の意思は関係ないのかよ」

自分の声が少しうわずっていることに気づく。


「有栖が好きなのは…」



「有栖が好きなのは兄貴じゃん……」


1番言いたくないことを言わせるなよ。


「ちがう。そんなことはない。それにだめなんだ。俺じゃ…」



兄なら仕方ないと思っていた。

兄なら。

くやしいけど。

「なにがダメなんだよ」

僕は絞り出すように言う。


「あいつが壊れちまう……いつまでも父親の呪縛から抜け出せない……。有栖は…今でも俺とキスをしたせいで、父親に犯され、家族が崩壊したと思ってる…」


「なんだよそれ……有栖がそう言ったのか??じゃあ、兄貴の気持ちはどうなんだ?」

兄貴の気持ちはどうなる?

それに僕の気持ちは。

兄は僕の問いに目を伏せる。


まるで罪を告白するように。

「好きだよ……ずっと前から好きだ……ずっと好きだ。この感情を一生隠しておこうと思ってる…」


ああ、僕はもうなにも言えなかった。

まともに聞きたくなかったことまで聞いてしまったあげく、わけのわからない敗北感。

兄は自分の強く激しい思いよりも有栖の幸せを軽々と優先する。


僕なら。

僕なら有栖の気持ちが僕に向いているなら どんな形でも絶対に有栖を手放さないのに。

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