医務室2《竜之介》 追記あり
「おい、弟。有栖ちゃん、あんなにかわいいのに案外中身はお人よしのポンコツなんだな」
渋川が、暇だからか声をかけてくる。
「ポンコツは余分だ。……まあお人よしだよな…嫌なことされても無視とか拒絶とかしないだろ?あんなにウザ絡みしてきたあんたのことなんて、ほっときゃいいのに……」
僕はチラッと渋川をみる。
確かに前会ったときより顔色が悪い。そしてなによりちょっと真面目な顔をしている。
「まあな、俺はそういうのが大嫌いなんだけどな……」
そう言って渋川は寝返りをうって、背を向けそっぽを向く。
「それにしても哀れな娘だぜ。死んだ母に売られるなんてな」
その言葉に僕はハッとする。
「おい!あんた、なんか知ってるのか⁈」
僕はつい声を荒げて渋川の肩に手をかけていた。
「あ、やべ……」
渋川は口を押さえるがその仕草はどこか芝居染みていた。
「おい、どういうことだよ、あんた、なにを知ってんだよ」
僕は詰め寄る。
「ああ……もう……俺はおまえらみたいなベタベタ甘々した奴らが大嫌いなんだよ」
そう言うと、渋川は黙り込んでしまった。
「あんた、……マスコミの人間なのか?」
僕が先を急かすように尋ねると、ややあってフッと渋川は笑う気配がした。
「まあ、マスコミの犬みたいなもんだよ…奴らが入れないとこに入りこんで、おもしろおかしいネタをつかんで小遣いをもらうような姑息な便利屋だよ」
「あんた……」
僕は言葉がでない。
「あんたら家族はビジュアルがいいし絵になるんだよ、スキャンダルが。あんたらの父親を陥れたい奴らも多いし、叩けば叩くほどホコリがでそうで、その筋の人たちから目つけられてるぜ…… 」
渋川は淡々と言った。
「そんな……」
「でも、1番陥れたいと思っていたのが、家族とはね。こえーよ。あんたらの母親」
渋川の肩を掴んだ手が震える。
「で、あんたはなんなんだよ……ネタ欲しさに有栖に近づいてきたのか?それとも本当に有栖に気があんのか?」
「さあな……でももうバカらしくなってきたわ…ネタ売るのも……今朝の分までは送っちまったけど…」
渋川は自嘲するかのように言いながら身体を起こして、ベッドに置かれていた紙パックのジュースに手を伸ばす。
僕が買ってきたのとおなじものだ。
有栖も買ってきてたのか……。
「あんたらの母親、娘に夫を寝取られたらと思ってんのな……寒気がするぜ……写真渡すときになって言ったと思う?」
そこで渋川は一口ジュースを飲んで、甘いな…と呟いた。
「あの娘が成人になってから公表してちょうだい、夫は誑かされただけだから、悪いのは娘のほうなの、だからあの娘が実名報道できる年になってから……だとよ。それが写真を渡す条件。胸糞悪い」
渋川は暗い声で吐き捨てた。
ぐらりと視界が歪むような気がした。あの優しかった母さんが、有栖のことをそこまで憎みながら死んでいったなんて……。
実の娘の名前と秘密を売ったのか。
その時、有栖が医務室に入ってきた。
「有栖……!」
聞かれた??
僕は焦って振り返る。
有栖は首を傾げている。
どうやら聞かれなかったみたい。
ほっと肩を撫で下ろす。
渋川はバツが悪そうな顔をしている。
「あ、あら…?リュウと渋川さん、仲良くなったの?」
「「ちっとも!」」
渋川と声がかぶってしまい、
お互いを睨みつける。
有栖は穏やかに笑う。
よかった。
母さんのこと、絶対有栖には聞かせたくない。
竜くん、有栖といつも仲良くしてくれてありがとう。
有栖はずっと恥ずかしがりでね、引っ込み思案だったの。
でも、竜くんときょうだいになってから、とても明るくなって…竜くんにはなんでも話せるみたい。
これからも、ずっと、有栖が大人になるまで、それからもずっと有栖のらこと、よろしくね。
私も、竜くんたちと家族になれて本当にしあわせよ。
母さん、そんなふうに言っていたよね。
僕は産んでくれた母を、兄と違ってほとんど覚えてないから、母さんのことを本当の母親だと思っていたのに。
そんなふうに実の娘に呪いをかけるほどに、狂ってしまっていたの?
僕は母の優しい笑顔を思い出していた。
「俺がマスコミに送った画像だ。俺のデータは消すよ」
渋川は、帰り際、有栖にわからないように、そう言ってメモリーカードを渡してくれた。
僕は画像を読み込んで中身を確認する。
渋川が撮っていたのは主に通信高校での有栖で、迎えに来た僕がなにげなく有栖の肩に手をまわしたものや、兄が車で送ってきて有栖の頭をなでているものなどたわいもないものばかりだった。
桃がカフェで見たという記者が持っていた生々しい写真に比べれば、これがなんのネタになるのかと思うような他愛無い写真だ。
もちろん盗撮は犯罪だが。
だが、兄にみせると、彼は端正な横顔を険しくする。
「マスコミは親父の写真と絡めて面白おかしく記事にするつもりなんだろうな…有栖が傷つく……」
母親の話には別段驚く様子はなく、暗い顔を見せただけだった。
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