桃と竜之介と有栖 《海里》
「桃くんがいてくれてよかった…」
桃に頭を下げる。
「いや、オレはなにも……でも、しばらく外出するときは気をつけたほうがいいかもです」
桃は頭をがしがしと無造作にかきながらいう。
これは彼の癖のようだ。
「お兄さんたちも気をつけて…」
桃にお兄さんと呼ばれるのはなんだかくすぐったい。
「ありがとう……そうするよ」
俺は礼を言う。
桃は、俺と竜之介の他に、有栖と父のことを知っている唯一の人間だ。
歪な家族のことも。
有栖の脆さも知っている上で、なにかとフォローしてくれる。
髪を明るい金色に染めて、ピアスをいくつもぶら下げた姿は見た目こそ派手だが、まっすぐで信頼できる人間だ。
根が明るいのかカラッとしていて有栖をよく笑わせてくれる。
有栖には桃のような男性が似合うのかもしれないと最近よく思う。
「有栖!大丈夫だった⁉︎」
慌てた様子で竜之介が飛び込んでくる。大学からすっ飛んで帰ってかたらしい。
「有栖は今、着替えてるよ」
桃が竜之介に簡単に今日の様子をはなして聞かせる。
「実はさ、俺の大学の前にも、記者っぽい人が、2.3日前からうろついてたんだよ……気のせいかと思ってた…様子伺ってたのかな?有栖は押しに弱いとこあるし、人の悪意に鈍感なとこがあるからなー…なにより…有栖の心が揺さぶられる」
竜之介が親指を噛む仕草をする。
「リュウ、おかえり…」
「有栖!迎えにいけなくてごめん!」
ゆるいパーカーに着替えた有栖に、竜之介はためらわずガバッと抱きつく。
「大丈夫だよ……桃くんが来てくれたし」
有栖はちょっとお姉さんのような仕草でぽんぽんと竜之介の背中を軽く叩く。
桃も見慣れた光景なのか、全く動じない。
このふたりは、仲が良すぎる双子のようでもあり、同年代の恋人のようにも見える不思議な近さだった。
「嫌なこと聞かれなかった?」
竜之介が有栖に尋ねるので、俺はコツンと竜之介の頭を軽く叩く。
「蒸し返すな…」
俺の言葉に竜之介もハッとしたようにちいさくゴメンと謝る。
有栖には、出来るだけ父親とのことは思い出して欲しくない。
正直を言うと、有栖が父親のことをどんなふうに覚えているのか、俺たちは知らない。
「桃くん、夕飯食べて行って。昨日からお兄ちゃんが仕込んだビーフシチューがあるんの。今から私がサラダ作るから」
有栖は竜之介から身体を離しながら桃を誘う。
「めちゃくちゃ魅力的なお誘いだけど、俺、今からバイトだから、また今度。有栖ちゃん、気をつけてね」
桃は有栖に手を振り、俺に軽く頭を下げる。
「桃、今日は本当にありがとな」
竜之介が玄関のドアに手をかけた桃に言うと、彼は今日で一番の笑顔を見せた。
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