沈めた記憶 《有栖》


「立花有栖さんだよね?」


通信高校の帰り道。

今日は登校日だった。


知らない男性に急に声をかけられて、私はたじろぐ。

「は、はい……そうです……けど…」

戸惑いながら返事をすると男性は一歩、歩を進める。

「ちょっと立花氏…えっとお父さんについて聞かせてもらえないかな?」


父について。


「お父さんと君の関係について……」

「……!」 


ドキンと鼓動が高鳴る。

いつも考えないように頭から、心から追い出して、記憶の深くて暗い場所に沈めている思い出たち。


「あ、あの……」

私は思わず後退りをしていた。



「有栖ちゃん!」

その時、よく知る声に名前を呼ばれる。


「有栖ちゃん、答えなくていいよ、行こう!」

ぐっと手を引かれる。


「桃くん!」

私を呼んだのは、双子の弟である竜之介の親友の桃くんだった。

私を手を引いて歩き出す桃くん。

「ちょ、ちょっと待って!答えて…!」

キッと桃くんは男性を睨みつけて、

「どこの報道の方スか、話す義務はないはずだ」


強い口調で言って、私の手を引いたまま早足に歩きだす。

「立花氏のある写真を入手してるんだよ、こっちは。公開してもいいんですかね」

男性は食い下がる。

桃くんは何も答えず、どんどん進んでいく。


「も、桃くん…!」

しばらく歩いて、男性が追ってこないのを確認して、ようやく手を離してくれた。

「有栖ちゃん、ごめんね、 手を引っ張って。今日は竜之介が迎えに来れないからって、オレが代わりにきたんだよ」

ありがとうと言おうとして声が掠れてうまくでないことに気づく。

「怖かったね。震えてる……もう大丈夫だよ。でも……どこから突き止めたんだろう…」

桃くんが悔しそうに言う。

自然な仕草で背中を撫でてくれた。

桃くんの触れ方は、竜之介に似ていてなんだか安心する。


「どうして……マスコミの人が」

もう、本当に父は世間から忘れ去られた存在なのだと思っていた。

あの事件からもう二年も過ぎている。


「有栖ちゃんのお父さんは、政治や経済界にも影響力のある仕事をしていたし、よくテレビにも出ていたからね……なにかと騒ぎたがる奴らがいるんだね……とにかく家まで送るから……」

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