第30話 「アーヴァイン家との決別 ②」
セイディと共に人影がないバルコニーに出た。
真冬の、しかも夜の空気はきんと冷えているが、来客が寒さを感じないように外用の暖炉に火が入れられている。
先を歩いていたセイディが立ち止まり、振り向く。レティスはゆっくりと両手を組んだ。
「ずいぶん、幸せそうね」
セイディの顔が険しくなり、じろりとレティスのドレスと宝石を睨みつける。
「そんな身の程知らずなものを身につけて――見せつけているつもり?」
「誰にも見せつけていないわ、お姉様」
セイディが醜く顔を歪め、いらいらと親指の爪を噛む。
「とんだ誤算だったわ……、まさか殿下があんなまともな風体だったなんて。ちょっと驚くくらい綺麗な人じゃないの。なにが“はずれ王子”よ、噂なんてあてにならないわね」
「……」
「貴女にはもったいない婚約よね。どうして貴女ばっかり……、あれから私は何をやってもうまくいかないというのに。夜会に行っても、みんな聞いてくるのは貴女の所在ばっかりよ! 私が足を挫いた日に何をしたのよ、みんな貴女に夢中になってしまったじゃない!」
「なんのことかわからないわ、お姉様」
「だから、私の取り巻きのことよ! みんな、レティスのことばかり気にするようになってしまったってわけ! フェリクス様だってそうよ、あれから何度お誘いをかけても私のことなんて見向きもしない!」
どうやら取り巻きの子息たちの態度に変化が現れたらしい。そしてフェリクスに粉をかけてみたようだが、うまくあしらわれてしまったようだ。けれどそれは確かにフェリクスらしいとレティスは思う。
「フェリクス様はとても高潔なお方だもの。私に対してでもいつも紳士でいらっしゃったわ」
「……なによ、知ったような口を聞いて」
「お姉様、私――」
レティスは静かに続けた。
「今、アーヴァイン家にいるときよりも、ずっと幸せなの」
セイディがくわっと目を見開く。
以前ならば恐怖に襲われていただろうが、大丈夫――レティスにはじゃがいもを被せるという最後の武器がある。それはリーンハルトが共にいてくれるということ。茶色のじゃがいもを、セイディの顔に被せた。
「それがお姉様をどれだけ苦しめようとも、私にも幸せになる権利があります。そして私は殿下と共にこれからもっと幸せになるつもりです。お姉様がなんと言おうと、私はそうします」
静かに言い切る。
「――ッ」
「お姉様に会うことも……ほとんどないと思いますが……でも……」
その先を言えば、姉は怒り狂うだろうが……レティスは口にした。
「お姉様はお姉様で、ご自分の幸せをつかんでください――誰かの幸せを妬むのではなく、ご自分のことだけを考えて――」
「なによ、なによ! 貴女ばっかり! いつだって貴女だけが……、そしてそんな良い子ぶって、なんなのよ、なんなのよぉ……! 信じられない、絶対に、絶対に貴女なんて幸せになんてさせないんだから――!!」
予想通りに激高したセイディが、レティスにつめより、ネックレスに手を伸ばそうとしたその時――。
がしゃんと扉が開いて、リーンハルトとラッドリーが飛び込んできた。
「レティス、大丈夫!?」
リーンハルトがレティスを抱き寄せ、ラッドリーがセイディを引き離した。ぎゃあぎゃあとまるで幼児のように騒ぎ続けるセイディをラッドリーが叱り飛ばす。
「セイディ、やめないかっ!」
「なによ、なによお父様なんて……! 今更父親のふりをして止めたって遅いんだから!」
セイディが泣きわめきながら、叫んだ。
「今夜だってそうよ、着飾ったレティスを見て、レティスの母親を思い出していたんでしょ!? お義母様があれだけ怒っていらっしゃるってそういうことでしょ!? 知らないわよ、“約束”と違うって後でつめよられたって私は知らないんだからっ」
(“約束”……?)
「黙らないか、セイディ!」
「なによ、図星よね!? お父様の愛した女性はレティスの母親だけで、だからお義母様が絶対にレティスには構わないでって言ったんでしょ、位が低いレティスの母親なんかに負けたくないから。あの頃私は子供だったけど、そうやってお父様とお義母様が話されていたの覚えてるんだから!」
「セイディ!」
セイディはとまらない。
「なのに、いつだってレティスには私よりいいものを買い与えて、誕生日だってドレスだけじゃなくてネックレスやイヤリングをつけて、婚約までこうして殿下をあてがって! 私には何もくれないじゃない、許せない!」
「やめろっ! お前にだってちゃんと贈り物をしていたはずだぞ!」
ラッドリーがセイディに向かって右手を振り上げて、はっとしたかのように下ろす。
レティスはリーンハルトの腕の中でびくりと震えた。
「な、な……っ!」
セイディが目を丸くして、自分の頬に手をあてる。
「私を叩こうとしたわね、お父様……! お父様にそんな資格ないでしょう……!!」
「――お前は話し過ぎだ、セイディ」
肩で荒く呼吸をしていたラッドリーが呟いた。
「確かに私が愛した女性は、ジェランダだけだ」
ぐっと肩を落としたラッドリーが、そう認めた。
ジェランダ――母の名前が父の口から飛び出してきて、レティスは息を呑む。
「やっぱり、やっぱりお父様……、レティスの母親だけが好きだったんじゃない……!」
「ああ、そうだ。お前はそれを知っていて、だからあんなにレティスを虐めてたんだな。レティスのものばかり取り上げて」
「し、知ってたの……!?」
「ああ」
「……知ってて止めなかったの、どうして……?」
「止めても、無駄だろう。お前の性根は、そんなものだ。あんなに妹を虐めるなんて、腐りきっている。だから婚約もろくに決まらないんだ」
セイディの身体からだらりと力が抜けた。
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