第14話 はずれ王子との散策
「わぁ、素敵ですねぇ……!」
レティスは感嘆の声をあげた。
サンルームの窓から眺めていて、中庭はさぞかし素晴らしいだろうと思っていたその想像を軽く超えた。低木と高木のコントラストはもちろん、緑の色の濃さも考えられて植えられていて、圧巻としかいいようがない。また花壇に咲き誇る色とりどりの花々も、木の高さと色との兼ね合いを考えられているのは間違いなく、全てが一体化してしっくりとくる。
「綺麗……!」
木から舞い降りる葉っぱ一枚ですら、計算されているのではないかと思ってしまうくらいの完璧さだ。丸く磨かれた小石が敷き詰められた小道を歩きながら、レティスはただただ圧倒されていた。
「喜んでもらえてよかった」
リーンハルトの声がして、レティスは我に返って彼を見上げる。王子はどうやらずっとレティスの様子を見つめていたらしく、すぐに視線がかち合った。
「レティスなら、喜んでくれると思ったんだ。嬉しい」
穏やかな紫の瞳を見上げていると、レティスの鼓動が高鳴る。
「はい、サンルームから拝見させていただいたときも素敵だと思いましたが、実際にこうして直接見させていただいたらもっと素晴らしいですね……!」
「うん、僕もこの庭園が大好きなんだ。王宮の庭園よりも、ここの方がずっと広くて、気持ちがいい」
リーンハルトはふと視線を逸らすと、近くに立っている高木を見上げる。葉っぱがひらひらと落ちてきて、二人の足元に落ちた。その葉っぱを見つめながら、リーンハルトが呟く。
「ああ、この葉っぱはアイビーグリーンだね。もうしばらくするとアンバーに変わっていってしまう」
(……アイビーグリーン? その葉っぱは蔦には見えないけれど……?)
「珍しい。アイスグリーンの方が多い印象があるのに――失礼」
彼が足を止めて、足元に落ちた葉っぱを拾い上げた。
「うん、これはセイヨウガジカエデだ。プラタナスに似てるけど、違う種類でさ。木の部分は丈夫だから、家具に使ったり、ヴァイオリンの甲板に使用したりするんだよ。木は磨くとチェスナットブラウン色になるものだが――ほら、みて、葉っぱの色がアイビーグリーンだろう? この色、なかなかに素敵だなぁ」
彼がじっと葉っぱを見下ろしている。
リーンハルトの手に握られている葉っぱは、三手に別れたカエデの葉っぱのような形で、色濃い緑色だった。
(アイビーグリーンやアイスグリーンって、色のことだったのね……!)
アイビーというから、蔦のことなのかと一瞬混乱したのだった。やっと納得がいったレティスを、はっとしたかのようにリーンハルトが見下ろした。
「……ごめん」
見るまに彼の眉間に皺が寄った。
「どうして謝罪なさるんです……?」
「うん。こんな話、退屈だろう?」
彼が何を言わんとしているのかに気づいて、レティスは首を横に振る。
「いいえ、退屈じゃないですよ」
「……本当に?」
自信がなさそうなリーンハルトの腕に、彼女はそっと自分の手をかけた。
「リーン様は植物にお詳しくていらっしゃるんですね。私では知識が足りなくて話し相手としては物足りないでしょうが、お話を伺うのは楽しいです。リーン様がよろしければもっと聞かせてください」
リーンハルトが唖然としたように、目を瞬く。
「本当に構わない?」
「もちろん」
実際レティスはリーンハルトの話に興味を覚えていた。
みるみるうちに明るい顔になったリーンハルトが、自分のお気に入りの木や花について話し始めた。いきいきとした彼の口調は、本当に植物が大好きなのだ、ということがうかがいしれる熱のこもったものだった。聞いているレティスの口元に自然と笑みが浮かぶ。
そうしてしばらく淀みない説明を聞きながら、レティスは気づいたことがある。
「あの葉っぱは、時折五角形にまで成長するから面白くて――」
「あちらの花は、花びらは三角にほど近い形で、色味としてはセレストブルーで――」
「楕円形の実がヘーゼルブラウンなんだけど、落葉寸前のハニー色の葉っぱも捨てがたくて――」
リーンハルトの世界には、“形”と“色”が切っても切り離せないことに。
(とりわけ色に関しては、本当に繊細に見極めていらっしゃるわ)
観察眼の鋭さもさることながら、知識も半端ない。
レティスにとって、緑は緑、青は青――せいぜい、濃い緑と薄い緑、それくらいの違いしかわからないというのに、リーンハルトは些細な違いも把握して、色の名前を口にする。
そこでちょうど小道が分かれ道に至り、リーンハルトがレティスに尋ねた。
「あちらに四阿があるんだよね、見てみる?」
「是非! 小川も流れていますか?」
「うん」
リーンハルトの肘に再び手をかけ、エスコートをしてもらいながら白い木で組まれている四阿を目指した。
「リーン様、本当に植物にお詳しくいらっしゃるんですね」
「そうかな……?」
「ええ。名前もよくご存じですし、びっくりしました。どうやって学ばれたんですか?」
純粋な好奇心に駆られ、質問をした。だがリーンハルトはどうしてかそこで目を泳がせ、それから庭師に聞いた、と答える。
「庭師に……?」
「王宮が雇っている庭師から学んだんだ。彼らは……どんな図鑑よりも良い先生のはずだから」
「まぁ、それは確かにそうでしょうね。……では、お色は?」
今度もリーンハルトは即答しなかった。
彼は一瞬だけ口をつぐみ、それから答える。
「色に関しては家庭教師から学んだよ」
(……色について、家庭教師から……?)
少し不自然に感じる言い回しだったが、何がひっかかるのかは自分でもわからない。
レティスが考え込んでいる間に、四阿に到着した。小川が流れ、その脇に白い木で造られた四阿が建っている。秋の風が、レティスの頬を優しく撫でていく。
四阿の中をのぞくと、同じく白い木で作られた頑丈そうなベンチが設えてあった。座ればきっと屋根から木漏れ日を感じることができるだろう。さらさらと流れる小川の音が耳に優しい。
「これはまた……ここで読書したらとても気持ちよさそうですね」
ぽつりと呟くと、リーンハルトの腕がぴくりと震えた。
「そうだね――僕だったら昼寝しちゃうだろうけど」
それは間違いない。
「昼寝も外せませんね」
レティスが応じると、リーンハルトが控えめに微笑む。
「そう言ってくれてありがとう。――さ、腹ごなしの散歩もしたし、屋敷に戻ろうか」
「そうですね。案内してくださってありがとうございました」
「これくらい、たいしたことないよ。よかったら、明日も散歩する?」
「――はい、是非!」
力強く答えると、リーンハルトは再び微笑んでくれた。そうして二人は屋敷に戻り、約束通り昼食は抜いたが、アフタヌーンティーを心ゆくまで堪能する。
リーンハルトの言う通り、焼き菓子は本当に美味しかった。
そうして婚約者となって一日目は、ゆっくりと穏やかに過ぎていったのだった。
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