第13話 (自分の目で見たものだけを信じることにする)
翌朝はすっきりとした目覚めだった。
起きた瞬間は少しだけ寝ぼけていたが、ベッドに起き上がると一気に覚醒する。
(そうか、離宮にいるのだった……)
ベッドから滑り降りて、鏡台の前に立つ。姉に比べると美女ではないが、感じは良いと自分では思う、そんな慣れ親しんだ顔がこちらを見返している。
顔色は決して悪くはない。
レティスは両手で自分の頬を包んで、ふうと息を吐く。
(まだちょっと信じられないけれど、私……リーン様の婚約者になったのよね)
療養中だと表向きには発表されている、はずれ王子の婚約者に。
話を聞いたセイディは間違いなく、ほくそ笑んでいるだろう。だがレティスは自身の婚約について、まったくもって悲観的ではなかった。
想像の中で、にやにや笑うセイディに、昨日サンルームで見かけたじゃがいもをかぶせてやる。
(自分の目で見たものだけを信じることにする。だって……リーン様は、優しかったもの)
しゃんと背筋を伸ばしたレティスは、ミシェルに手伝ってもらい身繕いを済ませ、朝食を取りにダイニングルームへ向かった。
◇◇◇
「……わぁ……!」
昨日通された応接間の隣にダイニングルームがあった。
あくまでも豪華な応接間に対し、ダイニングルームには天窓からさんさんとした日光が入り、明るい雰囲気だった。どっしりとした重厚なテーブルの上にはレースのテーブルランナーが敷かれ、またそこここに白い陶器に入った緑の植物が飾られている。
植物のお陰か、どこか瑞々しい空気感を感じる。サンルームと同じく、とても居心地が良さそうだ。
(すごく素敵……!)
言葉を失って天窓を眺めているレティスの後ろから、おはよう、と快活な声がかけられた。
「よく眠れた?」
振り返ると今朝も、白い布を帽子のようにすっぽりと頭からかぶっているリーンハルトが立っていた。だから彼の美しい銀色の髪が真珠のように輝くのを見ることが出来ない。白いシャツに薄いグレー色のニットベスト、それから黒のパンツという軽装ではあるが、決してだらしない印象は与えない。
レティスはカーテシーをして挨拶をする。
「はい、お陰様で朝まで一度も目が覚めませんでした」
「それはよかった――おいで」
微笑んだリーンハルトが彼女を席までエスコートしてくれた。
「どうぞ」
更に、まるで使用人がするかのように恭しい仕草で椅子まで引いてくれる。
「ありがとうございます……!」
リーンハルトは穏やかな表情のまま、向かいの席についた。朝日の元、彼の紫色の瞳がまるで透き通るかのように煌めく。
(どうして髪を隠していらっしゃるのかしら……、私だったら気にしないのにな)
むしろ、太陽に照らされて輝く彼の髪が見たいくらいなのに。
「天窓、気に入った? 見ていたでしょう?」
にこにこしたリーンハルトに尋ねられ、レティスは頷いた。
「はい、とても気に入りました。明るい光が差し込んできて、気持ちが良いです」
「だよね。僕も気に入っているんだ。ちなみに雨の日もなかなかいいよ。水滴が見えるから」
「水滴が……?」
「うん。最初は水滴だけど、それが流れ落ちる形が一つとして同じものがないから面白いんだ。いくらでも見ていられる」
なるほど、とレティスは思った。
普通の窓だと、横殴りの雨の時しか水滴の形を捉えることができない。だが天窓だったら……確かに、違った風に観察できるのだろう。
(そうやって考えたことはなかったけれど、見てみたいわ)
黙り込んでしまったレティスをどう思ったのか少しだけ慌てたようにリーンハルトが声をかけるのと、彼女が口を開くのが同時だった。
「つまらない話だったよね、ごめん」
「――雪でしたら?」
「え?」
ぽかんとリーンハルトがレティスを見た。
「雪の日だったら、天窓に積もるのが見えるわけですよね? 雪が積もるのを下から眺めたことがないので、すごく貴重な体験になりそうです」
「ゆき……?」
「はい」
頷くレティスの前に、ジャスターが朝食のプレートを並べてくれる。オーバル型の白い陶器に、ベイクドビーンズ、サラダやハッシュドブラウン、それからソーセージやスクランブルエッグが盛られている、いわゆるフルブレックファストだった。ミシェルが空のグラスに檸檬水を注いでくれる。
「雪……、ああ、雪ね。確かに……、僕もまだこの離宮で暮らし始めたばかりで、冬は迎えたことがないから雪は見たことないけれど……」
リーンハルトの顔が見るまに晴れやかになった。
「そう思ったら、冬が来るのが楽しみだね。僕も雪が積もるのを見てみたくなった」
「ですよね? きっと綺麗でしょうねぇ」
レティスも微笑み返す。穏やかな空気感の中、二人はゆっくりと朝食を食べた。普段だったら絶対に多いと思う量だったが、それでもリーンハルトと会話をしながらだと、食べ進めることが出来た。
さすがに食後のコーヒーとデザートは入らなくて断ることになったが。
「ああ、僕こんなに食べたの、久しぶりだ」
どうやらリーンハルトも同じだったようで、驚いたように声をあげている。
「私もです。申し訳ないけれど、昼食は抜いていただいてもいいかもしれません。多分、ほとんど食べられないと思います……」
「そうだね。ジャスターに言いつけよう――でもアフタヌーンティーはどうする? 実はシェフお手製の焼き菓子がめちゃくちゃ美味しいんだよ」
「それは絶対にいただきます」
澄ました顔でレティスは答えた。
二人は共犯者のように目配せして、それからどっと笑った。
「庭園を案内しよう」
立ち上がりながら、リーンハルトが首を傾げた。
「是非!」
嬉しくなって声をあげると、にこにこしながらやってきたリーンハルトがレティスに肘を差し出す。
「じゃあ行こう、お姫様」
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