第7話 「突然の招待 ②」



 それからというもの、レティスは夜会に出るたびにフェリクスやジョシュアだけではなく、他の子息たちに囲まれるようになっていった。


 思い返せば、今まではセイディの視線を恐れるあまり、若い男性と話すときはとにかく手短になるよう心がけていたから、こんなにじっくりと向き合うのは初めてのことである。


 セイディはというと、あまりにもレティスにたくさんの男性が次々と話しかけてくるものだから、全ての邪魔をすることができずに歯噛みしているようだ。


 以前はレティスが姉の様子をうかがっていたが、今はセイディがレティスの動向を気にするあまり、彼女に話しかけてくれる男性に対しての扱いがぞんざいになってしまっている。


(お姉様はお姉様に興味を持ってくださる方と話せばいいのに……)


 不思議なもので、そんなことを思う余裕すらも湧いてくるくらいだ。


 またフェリクスに対しても、恋というよりは敬愛の念に近いのだ、ということを改めて感じている。他の男性に対しても、特に恋愛のような感情を抱く人はいなかった。


 レティスが思い出すのは一人だけ――月の光で髪が真珠のように輝く人。


 でもあれから彼に会うことはなく、そんな訳はないけれど、実は本当に妖精だったのではないかとまで思い始める


(私を変えてくれた、素敵な妖精さん)


 レティスはそう思うことで満足することにした。


 きっともう彼に会うことはないだろう――そう思ってたある日。

 すごく珍しいことに父の執務室に呼ばれたかと思うと、とんでもないことを告げられた。


「え……、私が、離宮に、ですか?」


 ラッドリーが頷きながら、手元の厚みのある封筒を指し示す。


「ああ。どうやら殿下の婚約者候補としてお前が選ばれたようだ」

「で、殿下……の、こ、婚約者候補……!?」

「お前は知らないか? 王の第二側妃様のご子息であるリーンハルト殿下のことを」

「いえ、存じ上げておりません」


 リーンハルト、と聞いて、クリスティアーレ家の庭園で出会った銀髪の青年を思い出す。


(いえ……お名前が違うものね。リーンベルク、とおっしゃっていたはずだわ)


「そうか。まぁお前は今年デビュタントを迎えたばかりだから知らなくても当然か。そういえばデビュタントの夜会でもリーンハルト殿下はいらっしゃらなかったな」


 ラッドリーにはいつものように何の感情も認められなかった。


 父はセイディやレティスに関して、非常に淡々とした態度を取る。決して邪険にされているわけではないのだが、それでもやはり父からの心の距離といくばくかの冷たさを感じて、どうしても彼に対して遠慮がちになってしまう。


「リーンハルト殿下は、今まで何度か婚約の話があったがうまくまとまらなかったと聞いている。それで今度は我が家に白羽の矢を立てられたようだ。どうしてかセイディではなくお前をご指名だがな。まぁ何かお考えがあるのだろう。幸いお前は婚約者もいないから、伺うことにする」

「……はい」

「この書簡によると」


 ラッドリーは片眉をあげて、封筒から出した手紙に視線を落とす。


「リーンハルト殿下は離宮にて療養中とのことで、公務に携わる必要はない。だからお妃教育もほどほどで結構らしい。また婚約がうまくいった暁には、我が家に褒美を取らせるとのこと」


 要は、お飾りの王子の妻ということか。

 だが褒美を取らせる、の言葉に父は胸を張る。それで父が何に魅力を感じているのか、言葉にせずとも伝わってくる。


「……はい」

「うまくまとまれば、そのままお前は離宮に住むことになる」

「えっ……?」

「文字通り、そのまま、だ。そう書いてある。リーンハルト殿下は療養中ということもあって、外に出ることはかなわない。王宮としては殿下の秘密を厳守したいという目的もあるようだ。婚約がまとまれば、お前が我が家に帰ってくることはない」


 そこでようやくラッドリーは手紙から顔を上げて、レティスを見る。


「これはとても名誉なことだ。――分かるな?」


“お前に選択権はない”


 父が示した言外の意味を理解して、レティスはくっと鋭く息を吸い込む。


「……分かっております」

「そんなわけで、離宮に向かうのは一週間後だ。心残りなきよう、準備しておけ」

「承知致しました」


 厄介な話が片付いたとばかりに、父は書類の山に目を向けた。

 

(そうよね、こんな、ものよね……分かっていたわ……)


 きゅっと口元を引き締めたレティスは黙ってカーテシーをすると、父の部屋を後にした。

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