悪役執事は今日も仮面を被る

@niwatorichaya

プロローグ

第1話 『初恋は2次元で』

照明の明かりが点いていない真っ暗な部屋の中。

テレビの明かりだけが点いており、画面の前に座っている少年の顔を照らしている。


体の大きさからして、おそらく小学生だろうか。

少年は、手にコントローラーを持ちながら、ずっと画面を見つめている。


彼の近くにあるゲーム機本体には小さな傷がいくつもあり、少し色落ちもしている。手に持つコントローラーも似たような状態だった。その経年劣化の具合が彼の重ねてきた年月とは明らかに違っていた。


ちょうどゲームをクリアしたところだろうか。

壮大な曲とともにエンドロールが流れ始める。


当たり前だがエンドロールはゲームの終わりを意味する。


プレイヤーは、ストーリーや強敵との闘い、ヒロインとの交流、これまでの道のりを思い出しながらを大きな達成感、満足感に浸る。

そこに、ゲームが終わってしまったという寂しさも添えられて。


だが、目の前の少年からは達成感や満足感などは感じられない。

それよりも焦りや悲しみ、落胆、そんな負の感情が入り混じった雰囲気を醸し出している。


見れば周りには、何枚もの書きかけの紙と鉛筆が散乱している。



「――彼女を生き返らせる方法なんて……始めから……なかったんだ」



誰かに話すためではなく、ただひたすら事実を。まるで聞き分けの悪い自分に言い聞かせるように。


少年の手からコントローラーが落ち、肩を小刻みに震わせながら、声を押し殺して静かに泣き始めた。


――しばらくすると、すすり泣く声がやむ。


顔を覆っていた手は行き場をなくし、無造作に置かれていた紙に落ち着くと、手に力が入り、しわくちゃで湿り気のある紙に変わる。


いつの間にか、エンドロールは終わり、『クリアしたデータをセーブしますか?』と無機質なテキストメッセージが画面に映し出される。


『はい』を選択すれば、また明日から代わり映えのしない日常が始まる。何も不思議なことはない。今までと変わらない。

今回も、これからも、ゲームは非日常の産物で、それが終われば日常に戻る。

ただそれだけのこと。


糸が切れたように座り込んでいた少年が、ゆっくりと動き出す。


落としたコントローラーを握りなおすことはなく、ゲーム機本体に近づいていく。

ゲーム機本体からは、ジーというディスクを読み込む独特の機械音が鳴り響く。


そして、迷わず少年はゲーム機本体の電源ボタンを長押しする。

テレビ画面には、ゲーム起動前の真っ暗な画面が、ただ映し出されるだけだった。


後ろから見ていた俺は、そこで、ようやく少年に声をかけようとした。けれど、なぜか声が出せなかった。まるで自分の体じゃないような、そんな感覚。


仕方がないので少年に近づき、その小さな肩に、そっと触れる。

すると少年は、こちらに気付き、ゆっくりと振り返る。


目は涙で腫れており、頬には涙が伝った跡がくっきりと残っている。眉も下がり、口元も真横に力が入っている。必死に涙をこらえている、しわくちゃな顔だ。



















――だが、その顔は間違いなく、幼いころの俺だった。


■■


「次は志木、志木です。志木の次は、ふじみ野に停まります。途中通過する――」


突然の車内アナウンスで急激に意識が浮上する。どうやら会社から帰宅中の電車で眠ってしまったようだ。


電車に揺られると、すごく眠くなる、あの感覚。家のベッドより眠れるのだから不思議だ。


そんなことを思いつつ、俺――羽島佑はしま ゆうは電車から降りて最寄りの出口から外に出る。


季節は十二月の半ば、この時期は午後四時には既に日が沈み始め日が沈めば一気に気温が下がる。外の空気が肺を通るたびに、冷たさを実感する。


「……今日は一段と冷えるな」


ふとスマホの電源を入れ時間を確認すると既に23時を超えていた。

普段はここまで遅くなることはないのだが、明日から三連休のため区切りの良いところまで終わらせようと、いつもより遅くまで残業していた。どうりで、いつもより寒いわけだ。


去年まで大学生をしていた自分が今ではすっかり社会人として日々仕事に追われる毎日である。学生時代では考えられない生活を送れている自分に驚きつつ、もう学生ではないのだと、どこか寂しい気持ちにもなってしまう。


地方の大学を卒業後に東京にある今の会社にエンジニアとして入社した。入社して2カ月ほど研修をした後に現場に配属され、今では一年目でありながら多くの仕事に携わらせてもらえている。


エンジニア職は入社当初キラキラしたイメージを持っていたが実際は一日中椅子に座り画面と睨めっこする根性と体力がいる仕事だと早々に気づいたのは記憶に新しい。最近の悩みは眼精疲労と腰痛である。子供の頃がうらやましい。


家路を急ぐ中、さきほどの電車の中で見た夢をおぼろげに思い出す。小学生だった頃の夢を見るのは珍しい。社会人になってからは夢も殆ど見なくなったというのに。


小学生4年生の頃、親の転勤をきっかけに都会の学校に移ってきた。大人になった今なら、それなりに周りの人に話しかけることができるだろうが、当時は人見知りが激しくて積極的に話しかけることができなかった。


それに、周りで流行っているアニメや芸能人、ゲームの話にも、あまり興味がなかった。


そんなやつが、周りにうまく馴染めないのは当然で、転校して少し経てば学校がつまらないと感じていた。


そんな時に出会ったのが、『英雄幻想記えいゆうげんそうき』というゲームだった。


英雄幻想記えいゆうげんそうき』は俺が生まれる10年前に発売されたファンタジーRPGだ。発売された当時は、これまで主流だった2Dのドット絵ではなく、3Dポリゴンを使ったビジュアル表現により、その美麗なグラフィックスによって多くのユーザーに衝撃を与えたらしい。


プレイした時点で発売から20年も経っていたが、それでもイベントシーンでは思わず鳥肌が立った。それに加えて、キャラクターとストーリーが魅力的であったことも熱中した理由である。


ストーリーは邪神の復活を目論む組織と、それを阻止する主人公たちの戦いを描く王道なものだが、この作品では英雄に憧れた子供たちが自身の英雄像を追い求めながら成長する姿が細かく描かれており、その姿に思わず胸をうたれた。


昔は三度の飯よりゲームが好きってぐらい、このゲームをやりこんだはずなのに、今では断片的なストーリーしか思い出すことができない。


――けれど、登場キャラの中で唯一『ルミリア・ハートウッド』という女性キャラだけは今でも記憶に残っている。


突然だが誰もが一度は、アニメやゲーム、小説の登場人物を好きになった経験があるのではないだろうか。


少なくとも俺は、そう


『ルミリア・ハートウッド』――彼女はゲームの中盤で命を落としてしまう運命でありながら、彼女の言動は、その後もプレイヤーの記憶に残り続け強敵に向かう勇気を与え続けた。


そんな彼女と言葉を交わし、時に笑いあい、時に励まされ、そして気が付いたら恋心をいただいていた。おそらく、あれが初恋だったと思う。


(懐かしいな……あの頃は死んだ彼女を生き返らせるために奔走したっけ。たしか生き返らせる魔法やアイテムを探すためにフィールドを隅々まで歩き回った気がする)


そして、彼女が生き返らないことを知ったときは、ひどく落ち込んだものだ。

その時は失恋と大切な人を失った悲しみが同時に襲ってきて、三日三晩寝込んでしまった。


たかがゲームで大袈裟なと思われるかもしれないが、まだサンタクロースを信じていた年齢だったから大目に見てほしい。たぶん、テレビに映る芸能人と同じ感覚だったんだと思う。


大人になった今ならわかる。

彼女は現実にはいない架空の人物で、彼女が死ぬ運命もストーリーを盛り上げるための演出で、プレイヤーの自分にはどうすることもできなかったのだと。


せめて彼女の生存ルートだけでも作ってくれていたらと、たらればの話をついつい考えてしまう。


曲がり角を曲がると、見慣れたアパートが見えてきた。

どうやら結構な時間、思考にふけっていたみたいだ。


すぐに思考の対象を明日からの三連休に切り替える。

家に帰ったら、ご飯を食べてシャワーを浴びて……それから明日からの三連休どう過ごそうか。


今週は忙しかったから家でゆっくり過ごそうか。


公開中の映画を見に行くのもよし、買っておいた漫画を読むのもいいな。最近運動していなかったから筋トレでもやろうかな。


久しぶりの三連休で少しテンションが上がっているのがわかる。

しばらくの間、思考を巡らせる。



――いや、せっかくだから。



「久しぶりに『英雄幻想記えいゆうげんそうき』やってみるか」


休日にゲームをする――そんな当たり前な日常の出来事が、今後の彼の運命を左右することになるとは、この時は知る由もなかった。

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