029 幕間『私の先生はイケナイ教育者です』(ロザリア視点)

 私ロザリアは、とある男爵家の娘だった。

 しかし父は野心だけある小物でした。

 その父が⋯⋯。


「おい、ロザリア! お前はファイリーナ殿下と歳が近いからお前は騎士になって姫の傍仕えを目指すのだ!」


 そう一方的に私の進路を決めてしまったのです。

 まあこの国の貴族の女の子に人生を自分で決める事など出来ないのですが、それでも『騎士になる』という目標は私にはいささか荷が重かったのです。


 父の命令で王都の騎士学校へ入学した私ですが⋯⋯案の定落ちこぼれてしまった。

 成績も、剣の腕も、平均以下の落第生だった。

 そんな私に父はずっとプレッシャーばかりかけてきます。


 正直辛かった⋯⋯。


 しかし父も私に剣の才能が乏しいと理解したのか中等部からは魔法学部への編入手続きを行ったのです。

 まあいつもの父の勝手で私の進路が変わったのですが⋯⋯。


 そこで出会ったのです、私と⋯⋯ジーク先生は!




 中等部からの編入でクラスでも隅っこで、行き場のない私は校舎裏でお弁当を食べてました。


「おや先客か?」


 それがジーク先生だったのです。


「ここ、いいかな?」

「⋯⋯どうぞ」


 食べかけの私はその場を動くことも出来ないので、そのままジーク先生と一緒にお昼を食べることに。


「⋯⋯先生は職員室で食べないの?」

「先生は元冒険者でな、こうしてたまには外で食事を取る事にしているさ」


 なんでも外で食事を取る習慣を持つことは冒険者なら必須だという事です。


「でも先生は今は先生でしょ?」

「まあそうなんだが⋯⋯いつクビになるかわからんし、俺」


 つまりこのジーク先生は、自分が解雇される覚悟がすでにあるようでした。


 私もこのジーク先生の事は前から知ってました。

 曰く⋯⋯平民風情のダメ教師だと。


 この学校の生徒は大半が貴族の子供で、他には大商人の子供とかのいわゆる庶民は居なかったのです。

 なのでエリート意識が強い生徒たちはみんなこのジーク先生が平民だというだけで見下していました。


「先生はどうして先生になったんですか?」

「⋯⋯なったというよりは『なっていた』というのが正しいかな?」


 先生が言うには、この学校の生徒で優秀だったから自然とそのまま先生になっていた⋯⋯らしいです。


「優秀なんだ⋯⋯先生は」


 考えてみれば当たり前だった。

 この貴族ばっかりの学校で平民が教師になれるわけがない。

 それなのに教師になったこのジーク先生が無能のはずはないのだ。


「ふう⋯⋯ごちそうさま。 じゃあなロザリア」


 ⋯⋯!? 先生は私の名前を知っていたのだ。


 編入で途中から入った私は今だに誰にも名前で呼んでもらえないのに。


 ⋯⋯私も以前は周りに同調して真面目に聞いてなかったけど。

 それからはジーク先生の授業が楽しみになった。


 その日から私は少しだけ学校が楽しくなったのです。




 そして私がジーク先生を意識するようになって暫くしての授業だった。


「えーと、今日は盗賊団相手の戦術指導を行う」


 まあ私以外の生徒は全然真面目に聞いてなかったけど⋯⋯。


「──この場合、盗賊は女子供を人質にすることが多いが⋯⋯みんなはどうすればいいと思う?」


「ハ~イ! 平民は無視して、そのまま盗賊をぶっ殺しま~す!」

「あはは! そうだよねー!」

「考えるまでもないな!」


 ⋯⋯これがこの国の貴族の実態だった。

 平民を見下して人間扱いしていない。


「⋯⋯誰が人質が平民だと言った?」


 教室がシーンとなった。

 ちょっとドスの効いた怖い声でジーク先生は言った。


「この人質は君らの母親と妹だ。 このままだと殺されるが、君たちはどうする?」


「汚いぞ平民! あとから条件を付け足すなんて!」

「そうだそうだ! ずるいぞ!」


 バンッ!


 大きな音がした、先生が机を叩いた音だった。


「卑怯で汚いんだよ盗賊ってのは。 お上品な貴族様のルールとやらをなぜ守って戦ってくれると思っている? ありえないだろ?」


「そんな卑怯者相手でも、誇りをもって戦うのが貴族なんだ!」


「ほう⋯⋯立派なこと言う奴も居るな。 そうだ! それが貴族の誇りってもんだ!」


「そうだそうだ!」


 教室が一気に騒がしくなる⋯⋯どうなっているの?

 こんな授業他の先生じゃ起こらないのに?


「だがな⋯⋯負けたらその誇りも踏みにじられるんだ。 負けたら何も守れない! 弱ければ! 相手を知らなかったら!」


 みんな黙った。


「俺はみんなに卑怯者を教えるためにここで授業をしている。 いつかこの授業が君らの助けになると信じてな」


 しかし反論する生徒も居た。


「でもやっぱり平民風情に教えられることは無いよ!」

「そうそう!」


 やっぱり先生が平民だというだけでみんなは見下していた。


「よーし! それならみんな外に出よう!」


「はあ!? なんでだよ!」


「お前らがまだガキだからだよ。 ⋯⋯子供は外で遊ぶもんだ」


 そして授業中なのに本当に先生は生徒全員を引き連れて校舎裏に行ったのでした。


 なぜ校庭じゃなくて校舎裏なんだろう?

 そう思う私の疑問と同じ考えのクラスメートが居た。


「なぜ校庭じゃなくて裏庭なんだ?」


「今回は盗賊との戦いという想定だからな。 盗賊がだだっ広い見晴らしのいい平地で襲ってくると思うか?」


「⋯⋯まあ、たしかに」


 ジーク先生になにかと口答えする生徒もこれには納得だった。


「よーし、ここで先生と模擬戦をしようか」


「お前と戦うのか平民教師!?」


「ああそうだ」


 この時クラスメートたちがニヤっと笑うのが見えた。


「よーし! 俺たち貴族の強さを平民風情に教えてやろうぜみんな!」

「おー!」


 そして先生と生徒たちの模擬戦が始まったのです!


「ただし使う魔法は『ウォーターボール』だけな! 怪我するとマズいから」


「ああ、わかったぜ!」


「じゃあ服が濡れた奴は死んだ⋯⋯ってことで、その場で倒れろよ!」


 そういった交戦規定が設けられてこの模擬戦は始まったのです。


 ⋯⋯しかし。


 最初は30人くらい居る私たち生徒軍が有利だと思ってました。

 生徒たちが放つウォーターボールは、先生のより早くより強いウォーターボールではじき返されてしまいます。

 そして次々と脱落していく生徒たち⋯⋯。


「きゃー! パンツまでビショビショに!?」

「ちくしょー! やられた!」


 ⋯⋯先生は男とか女とかお構いなしに全員水浸しにしてきました。

 そしてだんだんと生徒の数が減るごとに私たち生徒軍の統率も取れてくる。


「マークは右から! リットは後ろから狙え!」


 そう指揮する生徒も出始める。

 ⋯⋯でもそんな大声で指示したら先生に丸聞こえだし。

 そう思っていたら案の定その作戦は先生に潰された。


 これで残る生徒は私を含めて5人だった。

 べつに私が優秀だった訳じゃない。

 ぜんぜん積極的に動かなかっただけで生き残ったのだ。


 今クラスメートたちを指揮するリーダーは私には何も指示しなかった。

 名前も呼ばれない。

 おそらく私の名前すら知らないのだろう。


 そこで私は考えた。


「⋯⋯このリーダーの作戦を利用したら?」


 なにせリーダーの指示は大声なのだ。

 先生もそれを読んで行動している。


 ⋯⋯なら私がそれを利用すれば!


 私は慎重に動いて先生が来るであろう位置で待ち構える。


「うわー! やられた!」


 ⋯⋯リーダの子が脱落した。


 でも私はまだ動かない。

 残った生徒たちが次々玉砕していくのをオトリに私は⋯⋯。


「⋯⋯あ」


 その時ジーク先生と目が合った。

 私のこんな浅はかな作戦など先生はお見通しだったのだ。


 ⋯⋯でも私は、ずぶ濡れにはならなかった。


「⋯⋯撃て、ロザリア」


 そう私にだけ聞こえる小さな声で先生は言った。


「ウォーターボール!」


 私の放ったウォーターボールで先生はずぶ濡れになった。


「うわ~! やられた~!」


 そして大げさに倒れる先生だった。


 こうしてこの模擬戦は私たち生徒の勝利になったのです。




 この戦いで大きな変化があった。

 これまで先生を平民だと見下していた生徒たちは先生にそれなりに敬意を払うようになった。

 それだけ先生が圧倒的な強さだったからだ。


 ⋯⋯そして私は。


「ねえロザロア! 今日は一緒にランチ食べましょ!」

「うん!」


 生徒軍を敗北から救った英雄として私は一躍人気者になり、みんなに名前で呼んでもらえるようになっていた。


 もしかして先生はこうなると考えて私に倒されたんだろうか?

 先生の真意はわからない。


 ⋯⋯でも、このジーク先生が私にとっての恩師になったことは事実なのだ。


 それ以降のジーク先生の授業は座学では面白い知識をたくさん学び。

 そして屋外では毎回ずぶ濡れや泥まみれになる授業だった。

 自然と私のクラスではジーク先生の授業では笑いが絶えないようになっていったのだった。




 しかし⋯⋯。


 そんな先生の型破りな授業内容は他の先生や生徒の保護者に知れ渡ると、しだいに問題視されるようになる。

 曰く「品が無い、子供に悪影響だ」との事だった。


 その結果先生はわずか1年で、その教師の職を失った。

 そして学校は元に戻ったのだった。




 その後私は学校を優秀な成績で卒業して、父の望み通りのファイリーナ姫の護衛騎士になった。


 しかしまあこれが大変な仕事だった。

 なにせファイリーナ姫はちっともおとなしくしてくれないからだ。

 気が付くと城の中庭で剣を振っているような人だった。


 正直剣士としてなら私よりも実力者だったのだ姫は⋯⋯。




 そんな姫に仕える事2年。

 その姫の結婚が決まった。


 ⋯⋯これでやっとこの仕事から解放される。

 そう安心していたらその姫が失踪した⋯⋯。

 婚姻の為に辺境へ移動中に姫は居なくなったのだった。


 私はすぐにピンっときた。


「あの姫が死ぬわけない。 絶対に逃げたな⋯⋯」


 なので私たちは諦めずこの地に留まり姫を捜索することになったのだが⋯⋯。

 その姫がまさかジーク先生のところへ転がり込んでいたとはこの時はまったく思いもしなかったのです。

 そもそも私はジーク先生がどこへ行ったのか知らなかったし。


 この一連の騒動で私はジーク先生と再会しました。

 ⋯⋯でもファイリーナ姫と恋仲になっていましたが。

 なんなんだろう、このモヤモヤした気持ちは⋯⋯。




 結局その後私は王宮勤めを辞めました。


 世間的にはファイリーナ姫は亡くなった扱いなので、それを死なせた私たちに風当たりがきつかったからです。

 そして父にも見捨てられて勘当されました。


 でも思ったよりもなにも感じなかったなあ⋯⋯。


 これからどうしよう私。

 幸い私には戦う力や知識がある。

 先生のような冒険者を始めようか?


 そしてとくにあてもなかった私は先生の居る場所を目指したのだった。




 先生はこの一連の騒ぎの結果貴族になっていました。

 それでその領地開拓に人員が居るとの事で私は雇ってもらえることになったのです。

 ムカつく元ファイリーナ姫が上司ですが!


 でも先生とは毎日会えるし⋯⋯まあいっか。


 けれど身近でイリーナ様とイチャつく先生を見るのは辛かった。

 それを考えないように私は毎日一生懸命に働いた。


 そんな日々が過ぎてゲイスコット伯爵の結婚式に私も参加することになったのです。

 まあ結婚式自体はとくに私とはかかわりのないイベントで何事もなく過ぎて行きました。


 そして最後の花嫁のブーケトスにイリーナ様が必死で食らいついていました。


 ⋯⋯いやいやイリーナ様はジーク先生と結婚決まっているのに、なんでそんなに必死なの?


 しかしその運命のブーケはイリーナ様の手から弾かれて──、

 ──私の胸の谷間にすっぽりとハマったのでした!?


 周りから注目されて恥ずかしい⋯⋯。

 おまけにジーク先生にまで見られるし。


 ところで先生ってイリーナ様やリニアさんが居るのに私の胸をよく見てますよね?

 もしかして私にも興味あるのでしょうか?


『花嫁のブーケを受け取った人が次の花嫁になる』


 そんな話は迷信だと思っていたけど⋯⋯。


 イリーナ様よりも私の方が先に結婚することってありえるのかな?

 ⋯⋯だとしたら。


 今からでも間に合うかな?

 先生、私ね⋯⋯もうオトナになったんだよ。


 私⋯⋯ロザリアの恋は始まったばかりだった。

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