026 ルドルフの頼み

 王との面会は終わった。

 そして俺は貴族になってイリーナとの結婚が決まったのだ!


 ⋯⋯まあ正確には結婚の許可が貰えただけで結婚するかは自由なんだが今更断るのは不可能だし、それに何より俺自身がイリーナとの結婚を望んでいた。


 あれだけ独身スローライフを満喫していた俺がこんなに変わるとはなあ⋯⋯これがイリーナのおっぱいの魔力なのかな?


 そして俺たちは故郷のゲイスコット領へといったん戻る事になったのである。

 イリーナとの結婚式は俺の叙爵の後にすることになったからだ。


 俺の顔を他の貴族たちに覚えてもらうイベントを先にするわけにはいかないというルドルフの提案だった。

 やっぱめんどくせー生き物だな貴族ってのはさあ⋯⋯。


 そして俺はルドルフの屋敷で、そのルドルフと今後について話す事になったのだ。

 ⋯⋯なったのだが。




「ルドルフ、今回は借りが出来たな」

「いや構わんさ。 今後はジークが俺の寄子になってくれるんだ、安いもんさ」


 俺が貰える領地はルドルフの領地と隣接している今後開拓していく魔の樹海という事になっている。

 そして俺の爵位だがおそらくは子爵くらいになる予定だった。


 そんな俺の責任者として後見人となったのがルドルフである。

 今後は俺の寄親として扱わねばならん。


 でもこれだけは今のうちに聞いておかないとな⋯⋯。


「なあルドルフ。 ⋯⋯その、聞きにくいんだが?」

「なんだジーク? 俺たちの仲で堅苦しいのはナシだが?」

「そのイリーナの事なんだが⋯⋯お前はイリーナが惜しかったとは思わんのか?」


 イリーナいやファイリーナ姫との結婚。

 それはこの国の貴族たちからしたら垂涎の褒美だったはずだ。

 昇爵はもとより、あのイリーナのナイスバディを自由にできる権利なんだからな!


 ⋯⋯もしも俺からイリーナを奪う男が居たら絶対コロス。


「べつに惜しくは無いな、辺境伯に昇爵もできたしね」


 一応ルドルフは今回それを王からの褒美として貰っていた。


「でもさルドルフ、イリーナって美人だろ? それを俺に取られてその⋯⋯悔しいとか憎たらしいとか無いのか?」

「⋯⋯」


 少し沈黙があった。

 もしもこれで俺とルドルフの友情が終わるのなら残念なことだ。

 しかしイリーナは絶対に譲れんし⋯⋯。


「⋯⋯確かに昔見たファイリーナ姫は可憐で素晴らしかった」

「やっぱりな⋯⋯」

「でもなあ⋯⋯すこし育ちすぎたよな」


 ん? ⋯⋯流れが変わったな?


「このさい僕も言っておくがファイリーナ姫との縁談が破棄になってホッとしているんだ、僕はさ。 僕の好みの女性はあんなワガママな巨乳じゃないからね」


 イリーナのワガママバディに不満を持つ男が居たとは⋯⋯信じられん。


「僕の好みはもっとこう⋯⋯スレンダーで大人の色気というか包容力のある女性なんだ」

「⋯⋯そうだったのか」


 長年の友だったがルドルフの女性の好みなど今まで聞いたことが無かったから驚きである。

 どうやら俺とルドルフの友情は今後も続けていけそうで何よりだった。


「実はずっと前から結婚を申し込みたかった女性は居たんだ。 だから今回のファイリーナ姫失踪は本当に嬉しかった⋯⋯大っぴらには言えないけどね」

「そうだな」


 まあ貴族で恋愛結婚とかは最高の贅沢なんだろうな。

 家の為に好きでもない女と結婚するのが貴族の仕事みたいなもんだし。


「それにしてもルドルフが好きなった女か⋯⋯誰なんだろ?」


 答えが返ってくることを期待していたわけじゃない呟きだった。


「⋯⋯ミルナリアさんだよ」

「⋯⋯⋯⋯え? ミルさん!?」

「そうだ」


「ミルさんって、あの冒険者ギルドのギルマスだよな?」

「ああ、そのミルナリアさんであっているよ」


 マジか⋯⋯。

 そういえば俺とルドルフは短期間だが一緒のパーティーを組んで冒険者だった事もある。

 その頃からルドルフは受付嬢だったミルさんとよく話をしていた記憶があった。


「でもミルさん結婚しているぞ?」

「結婚していた、だ! ⋯⋯それで諦めようと思っていたよ。 でも旦那さんが亡くなってもう2年たった。 そろそろプロポーズしても許されるだろう」

「⋯⋯どうかな?」


 ルドルフがミルさんにプロポーズはまあいい。


「なあルドルフ知っているのか?」

「何を?」


「俺の弟子のリニアがその、ミルさんの娘なんだが⋯⋯」

「知っているさ。 というか後で彼女の素性を調べて知ったよ、最初は驚いたよ!」


「そうか⋯⋯それでもミルさんにプロポーズするのなら俺は何も言わんが⋯⋯」


 あのリニアが義理の娘とか⋯⋯俺ならヤダ。


 そんなリニアは今頃は森の中の俺の家でイリーナと一緒に留守番だった。

 これから俺とイリーナが結婚するという事はリニアを追い出す事になる。

 すると次のリニアの寄生先はルドルフになるのだろうか?


「⋯⋯よし! 思い立ったが今だ! 僕は今からミルナリアさんに結婚を申し込む!」

「おいおい本気か!」


「ジークも来てくれ!」

「⋯⋯俺も?」


「すこし心細いからな⋯⋯」


 まあ骨は拾ってやるか。

 そのくらいの考えで俺はルドルフのプロポーズの見届け人を引き受けてしまったのだった。




 ルドルフはビシッとスーツを着こなして、その手に庭で取れた薔薇の花束を持っている。

 その隣で俺はいつものくたびれたローブ姿だった。


 そして冒険者ギルドに辿り着いた俺たちだった。


「この時間ならギルドもそう人が居ないだろうな」

「それは好都合だ」


 そう鼻息が荒いルドルフは興奮状態だった。

 そしてその勢いのままに冒険者ギルドの扉を開いたのだった!


「失礼する!」

「あらゲイスコット伯爵? 本日は何の御用でしょうか?」


 ⋯⋯運が良いのか悪いのかわからんが、ちょうど今の受付業務はミルさんがしていた。


 たぶん本来はリニアのシフトだったんだろうな⋯⋯ギルマスの仕事じゃないし。

 そんな苦労人のミルさんに遠慮なくルドルフは──。


「ミルナリアさん。 僕と結婚してください!」


 スパっと言った──!?

 もっとこうロマンチックな言い方とか無いのか!?


「⋯⋯えっと? ご冗談⋯⋯ですよね?」

「冗談じゃありません。 このルドルフ、今日貴方に結婚を申し込みに来ました」

「⋯⋯」


 ミルさんが救いを求めるように俺を見る。

 いやこれ、俺にどうしろと?


 ミルさんは俺をしばらく見ていたが諦めて自分で対処することにしたようだ。


「あのゲイスコット伯爵?」

「どうぞルドルフと呼んでください、ミルナリア」


「ではルドルフさん」

「何でしょうミルナリア」


 おー、お互いの呼び名が一歩前進だな。


「その⋯⋯結婚の申し込みはお断りします」

「なぜです! 僕に何か不満でも!?」


 まあルドルフは基本なんでも手に入ってきたタイプの人間だからな⋯⋯挫折を知るいい機会かもしれん。


「いえルドルフさんに不満はありませんよ、私もこうしてギルドマスターとして今までお付き合いしてきてとても信頼できる方だと認識していますし」


 この辺境の街ではルドルフの私兵と冒険者が連携してこの地を守っている。

 他の地域だとむしろ反目しているのが普通なんだけどな、そこはルドルフの手腕だな。


「じゃあ何故?」

「私はエルフ族です。 最近伴侶を亡くしましたが、いずれまた誰かと結婚することもあるでしょう」


 この辺の感覚はエルフ族らしいな。

 長命なエルフ族はむしろひとりの男性とだけ添い遂げるのはむしろ少数派なのだ。


 なんかテキトーに気に入った男と子供を作って里全体で育てて、100年くらい経ったら別の男とまた子供を作る事などありふれている種族なのだ。

 むしろ結婚という概念が無いのかもしれない。


「では次は僕と結婚してください!」


 食い下がるルドルフだった、必死だな⋯⋯。


「まあルドルフさんはいい人なんですが⋯⋯問題は私の方にありまして⋯⋯」

「問題!? なら一緒に解決しましょう! それが人生を共に過ごすというものです」


 ルドルフ⋯⋯カッコいいなお前。


「⋯⋯私、娘が居るんです」


 リニアの事か──!


「リニアさんのことですね」


「ご存じでしたか⋯⋯。 そうです、未だにひとりで生きていけない駄目な子供なんです。 いえ駄目なのは私の方⋯⋯甘やかすばかりで母親として失格だったのでしょう」


「そんな事ありません! リニアさんは優秀な回復術師じゃないですか!」


「本当にそう思うのですか? 私にはリニアは未だに誰かに寄生しないと生きていけない穀潰しにしか思えないんです⋯⋯」


 リニアお前最低だな、ミルさんをこんなに困らせて。


「伯爵、私はリニアの母としてあの子の人生を見届ける覚悟が出来ました。 それを放棄して再婚などありえません」


 そうキッパリと断るミルさんだった。


「⋯⋯つまりリニアさんが独り立ちすれば僕と結婚してくれると?」

「まあ条件的には、ですが⋯⋯」


 ⋯⋯どうやらミルさんもルドルフが満更でもないらしい、脈はあるようだ。

 しかしそれをぶち壊しているのはリニアの存在か⋯⋯どうしたもんか?


 今のまま修行をつけて来年には卒業、そして俺とイリーナはラブラブ生活! というのが目標だった。


 俺の見込みでは来年までにリニアを一人前の回復職に育てることは可能だと思っている。


 ⋯⋯しかしリニアの腐った性根は根深い。

 誰にも頼らず生きていく心構えがこれから1年で育つのかどうか⋯⋯無理くさい。


 そうリニアの将来のプランを考えていた俺にルドルフはポンっと肩に手を置いた。


「⋯⋯なんだ、ルドルフ?」

「実はジークに頼みたいことが出来たんだ。 協力してくれるよな、親友」


 明らかに強制だった。

 俺はルドルフに何を頼まれるのだろうか?

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