021 幕間『ファイリーナ姫、誘拐事件』(ファイリーナ視点)

 生まれたばかりの頃の私は、魔力欠乏症という体質で体が弱かったらしい。

 というのも今ではすっかり完治してその頃の記憶があいまいだからだ。

 その為に私は6歳くらいまで辺境のマナの濃い地域で育てられることになったのだ。


 しかしわりとあっさりその症状が無くなったために、私はお城へと戻る事になった。

 その帰り道の道中でのことだったのだ、私が誘拐されたのは⋯⋯。


 私をさらった盗賊団は当時そのあたりを荒らしまわっていたワイルドウルフという盗賊団でした。

 彼らは崖崩れを起こして馬車を止めさせて、その隙に私をさらったのでした。


 私が王女だという事を知った上での犯行だったようです。

 私と引き換えに捕まったボスの息子を釈放させるのが目的だったみたいですが⋯⋯。

 とにかく当時はそんな事もわからず、いきなり理不尽な暴力におびえるだけの私でした。


 夜⋯⋯あたりが鎮まった頃に忍び込んできた男の人が居ました。


「⋯⋯静かに、君を助けに来たから」


 その人は魔法使いだった。

 あたりの盗賊たちを魔法で眠らせて侵入し、私を救ったのです!


 しかし異変に気がついたボスが追ってきました。


「調子に乗るなよ若造が!」

「歳とってもお前みたいな悪党にはなりたくないね!」


 しかし相手のボスもなかなか手ごわく魔法使いさんも苦戦しました。

 でも勝ったのは魔法使いさんでした!


「心配させてごめんね。 俺がもっと強かったらもっと早く助けられたんだけど⋯⋯」

「ううん。 お兄ちゃんは私の王子様だよ!」


 それが私の初恋でした。

 王女に生まれた私には無理な⋯⋯身分違いの儚い恋でした。


 結局お兄ちゃん⋯⋯ジーク様はご褒美としてお父様から魔法学校への入学を貰いました。

 物語のようなお姫様わたしとの結婚などありえなかったのです。


 その時の恋心などすぐに忘れるかと思ったのだけど⋯⋯歳を重ねるごとに思いは募るばかりだった。

 なまじ会えないのに同じ王都に居たのが良くなかったのかもしれません。


 やがてジーク様は魔法学校を卒業後その学校の教師になり、私もその学校の生徒になろうとしたのだけど⋯⋯家族に反対されました。

 原因は私の魔力欠乏症のためです。

 私は魔法が使えないというか学ぶことを禁じられていたので実感が無かったのですが、王都のようなマナの薄い土地で魔力を消費するとなかなか回復しない体質らしいのです。

 場合によってはそれが命に係わる事もあるそうで⋯⋯。


 こうして結局私は魔法学校へ入学しジーク様の教え子になるという夢も消えたのでした。


「せめて『ジーク先生』くらい呼びたかったなあ⋯⋯」


 でもジーク先生もわずか1年くらいで教職を辞して辺境に戻っていったのだと後に知りました。

 これでぷっつりと私とジーク様の関係は切れてしまいました。


 諦めきれずその後のジーク様の行方を探っては見たけど、それが役に立つとはその時は思ってもみなかった。

 私の結婚相手のゲイスコット伯爵の領地にジーク様が居るなんて⋯⋯と。


 結局私のような末席の姫が政治的に結婚相手を決められるのは当然の事でした。

 ゲイスコット伯爵の領地はわが国の北端のモンスターがうごめく魔境の最前線に位置しています。


 そのゲイスコット様がとても危険なモンスターを倒して国を救った褒章として、爵位を伯爵から辺境伯へと陞爵させて私を降嫁させるという王の判断でした。

 全ては国防の要たるゲイスコット家を次世代の公爵家にするのが目的である政策だったのです。


 私は全てを諦めてそれに従うつもりだった。

 でも運命は私をジーク様の元へと導いたのです。


 そして私はジーク様の弟子として⋯⋯そして恋人として幸せだった。

 再びゲイスコット伯爵の名前を聞くまでは⋯⋯。


 ── ※ ── ※ ──


 私は伯爵に会いに行くというジーク様とは別行動をとりました。

 会えば私がファイリーナ姫だとバレるからです。


 私はこの生活を楽しんでいる。

 もっと長くジーク様の所で一緒に居たい。

 そしてゆくゆくはジーク様との子供や孫に囲まれて⋯⋯。

 そんな事を考えながら夕飯の買い物をしている時でした。


「あ! あ、あ⋯⋯ああ! ファイリーナ姫!?」

「ロ、ロザリア!? 何でここに!」


 ロザリアは私の護衛をする王宮騎士団の一員でした。

 普段は王宮で警備をしているはずの彼女が何でここに!?


「もちろん姫を探す為に決まっているじゃないですか!」


 ヤバ⋯⋯逃げなきゃ!

 そう思うより先にロザリアは動いた!


 ピ────!


 なにかの笛を吹いて合図をした!?

 すると続々と人が集まってくる!

 それはロザリアの仲間の王宮騎士団でした。


 ⋯⋯そう、私をこのゲイスコット領まで連れてきた人たちです!


「確保──!」


 ロザリアの命令は迅速でした!

 あっという間に私は捕らえられてしまったのです。


「ロザリア!? なんでこんなに手際よく!?」

「ふふふ⋯⋯姫様の逃亡癖には慣れっこですからね、私たちは」


「それでこの対応⋯⋯っく!」

「さあ帰りましょう姫! 王様のところへ!」

「いやだ! 帰りたくない!」


「ワガママ言うんじゃないです! 私たち全員の首がかかっているんです! こっちだって必死なんですから!」


 こうして私はぐるぐる巻きにされて馬車に放り込まれて、王都に連れ戻されることになったのです。




 馬車に乗って⋯⋯というか荷物のように動けないように積まれてから1日が経ちました。


「ジーク様⋯⋯心配しているかしら?」


 何も言い残せずに消えた私の事を心配しているでしょう。


「あの、ロザリア⋯⋯さん? 私ちょっとお別れをしないといけない人が⋯⋯」


「そうやってまた逃げる気ですか? もう騙されませんよ。 ⋯⋯私たちの将来がかかっています、もう失敗は出来ないんですから姫はじっとしていてください!」


「⋯⋯はい」


 私がどれだけ他人に迷惑をかけて来たのか身に沁みます⋯⋯。


 これからの事を考える。

 きっと父はまた私をゲイスコット伯爵の元へと送るに決まっています。

 逃げ出したい⋯⋯でもこの拘束された状況から逃げるのは無理だった。


「なんかあの時の、誘拐された時を思い出すなあ⋯⋯」


 6歳の時の盗賊団の時の扱いとよく似ていた、皮肉にも⋯⋯。


「あの時はジーク様が助けてくれたけど、もうあんな奇跡は起こらない⋯⋯よね」


 この馬車は王宮の馬車である。

 これを襲うのは盗賊のような悪人だけで、ジーク様のような正義の味方が襲う事はありえないのだ。

 つまりジーク様の助けは来ない。


 もしも私を助けようとしたらジーク様は国家反逆罪になってしまう。

 そうなれば死罪だ⋯⋯。

 それだけは駄目だ⋯⋯。

 私はどうなってもいい。


 でもジーク様が困るのだけは駄目だ!




「ジーク様、来ないで⋯⋯」


 ジーク様、助けて⋯⋯。




 そんな時だった?


「⋯⋯? 外が騒がしい? それに馬車が止まった?」


 なにか嫌な予感がする。

 ふとあの時の、子供の頃の誘拐を思い出す。


 あの時もこうやって馬車が止まって、それから乱暴な男達が私を連れ出したのです。


「貴様! 覚悟しろ!」

「おい! そっちだ!」

「うわっ!?」

「ダメだ! もう動けん!」

「行かせるな! 誰か止めろ!」


 ⋯⋯なにやら物騒な言葉が外で飛び交っています。

 もしかして本当にこの馬車は襲撃されているのだろうか?

 幼い時のトラウマが蘇ります。


 あの時はこの馬車の扉が開いた時⋯⋯怖い顔の盗賊が下卑た笑い顔で私の見たのです。


「来ないで⋯⋯来ないで⋯⋯」


 祈るように願った。

 でも扉は開いた。

 逆光でその人の顔がよく見えず誰なのかすぐにわからなかった⋯⋯。


「また⋯⋯助けに来ましたよ。 ファイリーナ姫」


 その声の主は、私の良く知る人物だった──。

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