020 居なくなったイリーナとジークの決意

 俺とリニアが急いで家に戻るとそこには⋯⋯イリーナの姿は無かった。


「はは⋯⋯まだ買い物で帰ってないだけかな?」

「とうとう逃げたんじゃ?」


 そんな俺の現実逃避とリニアの予想を証明するように、その日イリーナは戻ってこなかった。


 その日⋯⋯ずいぶん久しぶりに俺はベッドでひとり寝た。

 このベッドはこんなに冷たかったのかと⋯⋯思い出した夜だった。




 翌朝⋯⋯俺は完全に腑抜けていた⋯⋯。


「ははは⋯⋯イリーナが帰ってこないよ⋯⋯」

「でもあのイリーナさんが何も言わずに出ていくとか、ありえないっしょ?」

「⋯⋯でもさ俺、ずっとイリーナにセクハラしてたじゃん。 だから逃げてもおかしくないし」


 そう自問自答する俺と珍しく慰めてくれるリニアだった。


「元気出してください。 ⋯⋯ちょっとだけなら、おっぱいさわってもいいから」

「ん⋯⋯じゃあ」


 むにゅ!


「ギャー!? 揉んだ! 揉んだよ、このおっさん私の胸を!?」

「え? さわっていいって言ったじゃんお前?」


「さわってもいいとは言ったけど、揉んでいいとは言ってない!」

「同じじゃないのか?」


「ちーがーう! 触ると揉むは全然違うの!」

「どこが?」


「⋯⋯こう指に力が入り動かすところかな?」

「つまり指を動かさずに手で触れる。 そして指先を動かして揉む! ⋯⋯という事か?」

「その通り!」


「これが事故と痴漢の差か?」

「言い訳程度にはその理屈っす!」


 そうだったのか⋯⋯俺はまた一つ賢くなった。

 こうして俺は少しだけ元気になったのだリニアのおかげでな。




 そしてリニアはなにかを持ってきた。


「おっさん、コレ見てください」

「なんだ⋯⋯その布切れは⋯⋯!?」


 そのリニアの手の物は、俺がイリーナの為に作った天使の羽衣だった。


「イリーナさん、コレとても大事にしてました。 他の洗濯物は私に押し付けてくるのに、コレだけは自分で洗ってましたから。 だからコレを置いて出ていくとは思えないっす」


「それ⋯⋯そんなに大事にしていたのか? イリーナが?」

「愛する人からの贈り物ですからね」

「愛する人⋯⋯俺が? なんで?」


「その、乙女協定で詳しい事は言えませんがイリーナさんが師匠の事本気で好きなことは私は何回も何回も何回も⋯⋯聞かされて⋯⋯そろそろウザかったんで⋯⋯」


 どうやら俺の知らない間にイリーナとリニアの2人はすっかり仲良くなっていたようだ。

 何度かイリーナとリニアが一緒に風呂に入るということも多くなっていたし。

 毎回透視魔法で覗いていた俺はよく見ていた。


 でもその後で俺が風呂に入るとまたイリーナも風呂に来て、俺の背中をあのおっぱいで洗ってくれて⋯⋯。


 ⋯⋯そうだよ!

 あんなの愛する男以外に出来るもんか!

 なんで俺がそこまでイリーナに惚れられるのかはよくわからんが、イリーナの俺への愛だけは本物のハズ!


「⋯⋯すると帰ってこないのはイリーナの意志じゃない?」


「箒で飛んでるときの事故って可能性もあるけど、イリーナさんほどの使い手ならむしろ街で何かあったと思うっす! 私のお父さんだって街中であっけなく事故で死んだし⋯⋯」


「そうだよな。 あのイリーナの美貌とおっぱいなんだ! 誘拐とかまず心配するべきだった!」

「あのイリーナさんをどうにか出来る誘拐犯がそうそう居るとは思えないけど⋯⋯」


「たしかに、剣と魔法ならイリーナは一級だけど不意打ちならどうなるか?」

「ありえるかな?」

「とにかく街へ行こう! そしてイリーナを探す!」


 こうして俺とリニアは街に行くのだった。




「でも街に来て、どう探すの?」


「うーん? 冒険者連中に頼んで人海戦術で探す手もあるが⋯⋯今のこの時間じゃろくに人が居ないからな。 もう時間は昼間だし冒険者は森の中で狩りをしている頃のはずだ。 ⋯⋯仕方ない、ルドルフに頼むか」


「昨日の貴族に?」

「正直気は進まない。 イリーナがもしもファイリーナ姫だったら、あいつの嫁になる人だったんだからな⋯⋯」


「それを毎日裸に剥いて、おっさん⋯⋯殺されるんじゃ? いくら友達でも?」

「だよなー! ⋯⋯やべえ⋯⋯ホントどうしよう」


 でも他に当ても無いしな。

 俺は覚悟を決めてルドルフに頼むことにしたのだった。

 まだ同一人物じゃない可能性もあるしな。




 そしてルドルフに昨日ぶりに会ったのだが⋯⋯。


「なんだジーク! 今日も来たのか!」


 めっちゃ機嫌が良かった。

 心なしか肌もツヤツヤである。


「ああ悪かったなルドルフ。 ⋯⋯なんだ今日は、やけに元気そうだな?」


 昨日のやつれっぷりと今日の元気さ⋯⋯この差は一体?


「そうなんだ! 聞いてくれジーク! 見つかったんだよ、ファイリーナ姫が!」

「⋯⋯見つかった?」


 俺のとなりで、ものすごい顔で逃げようとするリニアを俺は捕まえる。

 逃がさん⋯⋯お前も道連れだ。


「へーそうなんだ。 ⋯⋯よかったな」


 これで九分九厘イリーナとファイリーナ姫が同一人物だと確信した。


 イリーナが居るとファイリーナ姫が消えて。

 ファイリーナ姫が現れるとイリーナが消える。

 これを偶然とか言うのは無理がある。


「じゃあここにファイリーナ姫が居るのか?」


 それは何気ない俺の質問だった。


「それなんだが、王都へ連れ戻されたよ」

「なんで?」


「まあ王宮騎士団にもメンツがあるからな⋯⋯」


「どういう事っすか?」


 そのリニアの疑問に嫌な顔もせずにルドルフは答える。


「手柄を立てた僕の所に王は王宮騎士団に命じて姫の護送をしたんだ。 でもその任務は果たされなかった、これは騎士や貴族にとっては凄く不名誉なことで王命に背く行為なんだよ。 だからいったんお城に戻って姫を王と会わせて安心させてから、あらたまってもう一度護送をやり直すんだよ」


「なんかめんどくさいっすね。 それにまた護送で余計な危険を増やしているだけなんじゃ?」

「ほんとめんどくせー生き物だよな、貴族ってさ」


「その貴族のメンツで民たちを守っている側面もあるからね」


「じゃあルドルフは会わずにファイリーナ姫はお城に戻った⋯⋯ってことか?」

「まあそういう事だね」


 ⋯⋯さてどうするか?

 もうこの街でイリーナを探しても意味が無いような気がする。


 城に行くのか? そのファイリーナ姫がイリーナだと確かめるだけの目的で?

 このまま何もせずにイリーナが消えて、ファイリーナ姫がルドルフと結婚すればすべて丸く収まるのも事実だ。


 このまま何もしない方が⋯⋯。


「⋯⋯師匠?」


 なんでそんな目で俺を見るんだよリニア?

 お前そんなキャラじゃなかっただろ?




 ふと俺は12年前のことを思い出した。

 まだ冒険者としては駆け出しで未熟だった魔法自慢のガキの頃の俺を。


 ファイリーナ姫が盗賊にさらわれたのを助けたのは、そんな時だった。

 本当にただの偶然で、その誘拐に気づいて⋯⋯勇気を振り絞って助けたんだ。


『ありがとうございますジーク様』

『姫がご無事で何よりでした』

『私、決めました! 私、ジーク様と結婚するの!』


 そして慌てる王様と駄々をこねる姫が懐かしい。


 長い銀髪の可愛いお姫様。

 大人になったらきっと美人になるに違いないと思った。


 そう⋯⋯イリーナのような大人に⋯⋯。

 ⋯⋯あんな大きなおっぱいに⋯⋯そりゃ気づかんわけだな。

 それにあの純粋無垢な幼女がおっぱいプルンプルンの美少女に成長するとか想像する方が変態だろ!?


 うん俺、悪くない。

 だいたい12年前の子供の『結婚するの!』なんか当てにならんし!


「⋯⋯でも大きくなったんだな。 俺との約束通りに」

「どうした、ジーク?」


「⋯⋯すまんルドルフ。 俺、行かなきゃいけないとこが出来たから⋯⋯またな」

「そうか? まあお前も忙しいみたいだからな。 今日も来てくれてありがとうな」


 こうして俺は決意する。

 もう一度だけイリーナといやファイリーナと話すのだと!


 そんな俺をじっとリニアは見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る