018 リニアの活躍と辺境の貴族

 俺が隠れて見守る中、イリーナとリニアのゴブリン討伐は滞りなく終了した。

 ほんと苦戦したのは最初のアラームで自爆した時だけだったな⋯⋯。


「さあ帰るっすよ!」

「ええ、ジーク様が待っています」


 こうして2人の弟子がギルドに帰還しようとした時だった。

 近づいてくる馬車があった。

 それも高級な馬車だった、あれは⋯⋯ゲイスコット家の馬車か?


 ゲイスコット家とは、この俺の住むゲイスコット領の領主の家である。

 俺も満更知らない仲ではない。


 だがそれを見たイリーナが身を隠すように木の影に隠れたのだった。


「なんすかイリーナさん?」

「ちょっと私は⋯⋯貴族が苦手で⋯⋯」


 俺と2人が隠れてやり過ごそうとした馬車の後ろには、傷ついた兵士が雑魚寝している粗末な馬車が何台も追走していた。


「怪我人がいっぱいいる」

「⋯⋯」


「⋯⋯しゃーない。 ちょっくら行ってきますね、


「リニアさん?」

「これは私の独断だから、イリーナさんはこのまま隠れてていいっすよ?」


 そして1人だけで馬車に近づくリニアだった。


「ちょっと待ってください! 私は治癒魔法が使えます! 怪我の治療いかがですか? 1人金貨1枚で!」


 ⋯⋯すげえ度胸だよリニア! お前ってやつはさ!


 貴族の馬車を止めるのもそうだが、治療費を先に吹っ掛けるなんてさ。

 普通の貴族相手だと殺されても文句は言えん⋯⋯。

 よかったなリニア、相手がゲイスコットで。


「止まれ!」


 そう叫び馬車から降りてきた男が居た。

 俺の知った顔だった。


「我が名はルドルフ・フォン・ゲイスコット! 君は治癒魔法が使えるのか!?」

「はい! まだ未熟な若輩者ですが!」


 堂々とした態度だったリニアは、あの謎の自信はやっぱり大きなおっぱいから出てくるんだろうか?


「それなら頼む! 私の部下を治してやって欲しい!」


 馬車隊は行軍を止めて停車した。

 そしてリニアの兵士達への治療が始まった。


 どうやらこの小隊にも治癒魔道士は何人かいたらしいが全員魔力を使い果たしているようだ。

 それでも治しきれなかった何人かが馬車に乗せられていたんだろう。

 ほとんどが応急処置止まりで、中にはヤバそうな重傷者も居た。

 それをリニアが治していく。


「ほーら、今から私が治してあげますからね」


 ⋯⋯意外だな、普段の銭ゲバ自堕落ハーフエルフとは思えん。


「ありがとう嬢ちゃん」

「いいっすよ! はい治った、次の人は⋯⋯毒に冒されてますね?」


 リニアはテキパキと治療や解毒をおこなっていた、ちゃんとやれるじゃないか⋯⋯。

 またたく間にリニアは10人くらいの重傷者を治しきるのだった。


 ふむ⋯⋯なかなかの魔力量だな。

 真面目に全裸修行をした甲斐があったという事か。


「まるで君は聖女のようだ⋯⋯」


 そう言いながらリニアに近づくのはルドルフだった。


「聖女? 私がっすか? あはは! 似合わないっすよ!」


 そうふざけて笑うリニアだった。


「君がどう思おうと自由だ。 しかし私は部下を救ってもらった恩は忘れん」

「ん~、私を聖女様なんてまつりあげても駄目っすよ? ちゃんと報酬ください」

「ははは! わかったよ」


 そう言ってルドルフは持っていた金貨袋をリニアに渡した。


「こ⋯⋯こんなに!?」

「部下たちを救ってくれた礼だ、持っていけ」


 しかしリニアは⋯⋯。


「えっと⋯⋯全部で10人治したので、金貨10枚だけ貰うっす!」


 そして残りの金貨をルドルフに押し返し、そのまま逃亡するのだった。


「おい! 待ってくれ!」


 しかしルドルフの制止を無視してそのままリニアは森の茂みの中へと消えるのだった。


 ⋯⋯まったくリニアの奴、普段がめつい癖にイザとなると小心者だな。

 しばらくするとルドルフの奴は馬車に乗り、再び街を目指して行軍を再開するのだった。


「まあ大丈夫だろうルドルフの奴になら。 あいつは他所の傲慢な貴族とは違う、お人好しだからな⋯⋯」


 でもまあ一応念のためにフォローしとくか。

 俺は久々に会いに行くことにしたのだ、親友である領主ルドルフ・フォン・ゲイスコットに。


 そしてリニアはイリーナと合流してルドルフ達と時間をズラして街に戻るのだった。

 それを見届けた俺も急いでギルドに先回りするのだった。




「ただいま戻りました」

「いえーい! 超楽勝だったっす!」


 嘘こけリニア、おまえピンチでゴブリンに負けそうだったじゃないか。

 虚偽の申告はいかんな。

 そう思いながら俺は2人を出迎える。


「よく戻って来たな2人とも、まあ俺は全然心配なんかしてなかったけどな!」


 そんな俺のことをミルさんは、じ~と見ていた。


「⋯⋯ジーク君こんな事言ってるけど、


 そうシレっと嘘をつくミルさんだった。


 ミルさんには全てお見通しらしいな、俺がどこに行っていたかなんてことは。

 それをサラッとフォローする気配り、ギルマスになるだけのことはある。


「あれ? ジーク様ここに居られたんですか? ずっと?」

「そうだが、どうしたイリーナ?」


「⋯⋯いえてっきり、ずっと私たちの傍に隠れて付いて来ていたと思っていたのですが⋯⋯私の勘違いだったみたいで」


 ⋯⋯マジか? イリーナは俺の気配に気づいていたのか?

 それとも俺なら付いてくるはずだという確信だったのか?


 だが俺の隠密偽装追跡に気づくとは並大抵ではない!

 俺が本気で隠密行動をとるとゴブリンの巣穴で1年間ぐらい気づかれなかった実績があるのだ。


 ⋯⋯今後はこっそり覗くのは控えた方が良さそうだな。

 まあ最近では毎日一緒にお風呂に入る仲になって、わざわざ覗く必要もなくなったが。


「⋯⋯俺はお前たちの強さを信頼している」

「そうだったんですか、申し訳ございませんジーク様!」


 謝る必要はないんだけどなイリーナは、俺が心配性なだけで⋯⋯。


 実際は失敗するとは微塵も思ってなかった。

 でもリニアが足引っ張ってイリーナまでピンチになる! とかは思っていたしな。

 まあ実際その通りだったし、でもそれでも切り抜ける実力をイリーナは身に着けていたようで一安心である。


「今後も経験を積めばすぐにイリーナならBランクまでは上がるだろう。 そうしたら一緒に仕事しような」

「はい! ジーク様! 私がんばります!」


 そう俺とイリーナは話し合うのだった。


「は~、このらぶらぶカップルは⋯⋯」

「ずっとこんななの、この2人? リニア?」

「そうそう。 もう恋人なのに、ま~たく手を出さないヘタレ師匠とお堅いお嬢様よ、この2人は」


 言いたい事言いやがって!


「リニア! お前が居るのにイリーナとイチャイチャできるわけないだろ!」

「そうです! リニアさんは早くジーク様から自立して出ていってください!」


「出ていくわよいずれは! 今のままだと私ゴブリンにすら負けかけたんだから、もっと強くなるまでは置いてちょうだい! お願いします!」


「何よ! 師匠がおかしな道具持たせたからじゃない!」


 そんな風に言い争う俺とリニアだった。

 そしてイリーナはそんな俺たちを黙って見て微笑んでいた。


「(やっぱりジーク様は⋯⋯)」


 リニアと醜く言い争う俺は、イリーナの小さな呟きなど聞こえていなかった。


 そんな時だった。


「すみません! こちらの冒険者ギルドに金髪の治癒士の方は⋯⋯おお! あなたは!」


 そういきなり入って来た兵士がリニアを見つけて大声を出す。


「あら伯爵のところの?」


「はい! ミルナリア殿お久しぶりです! そちらの治癒士の方をゲイスコット伯爵さまがお呼びです! どうか来ていただけないでしょうか?」


「ええ~! 私をっすか!?」

「⋯⋯何したのよ、リニア?」


 なんか絶望顔で娘を見るミルさんだった。

 信用無いな⋯⋯。


「ご心配なくミルナリア殿。 そちらの方は先ほど私共の戦友を救ってくれたのです。 そのお礼を正式にしたいとゲイスコット伯爵さまがお呼びです」


「まさか⋯⋯ウチのダメ娘が褒められている!?」


 ミルさん⋯⋯あんた全然娘への信頼が無かったんだなあ⋯⋯。


「でもお礼ならもう貰ったし⋯⋯行かないと駄目なの?」


 リニアの奴「めんどくせー」とか、そういう顔していやがるな。


「行った方がいいぞリニア。 こういう貴族のメンツを潰すと、後で怖いぞ」

「それ聞いたら、ますます関わりたくない!」


「⋯⋯しょうがない、俺も付き合うからさ」

「え! 師匠も来てくれるの!」


 たく⋯⋯こういう時だけ師匠かよ、普段はセクハラおっさんとか呼ぶくせに。

 まあ後でルドルフには会いに行くつもりだったしちょうどいい。


「まあ知らない仲じゃないしな、伯爵とは」


 そう俺は兵士を見る。


「ええ、賢者ジーク様はゲイスコット伯爵さまの御友人ですから、ご安心ください治癒士殿!」


 それを聞いて驚いたのがイリーナだった。


「ジーク様? ここの貴族と仲が良かったのですか!?」

「ああ言わなかったかな? 俺たちが住んでるあの山も安く売ってくれるような関係だぞ、俺とルドルフは」


 こうして俺たちは貴族ゲイスコットの館へと向かう事になったのである。

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