第3話 退魔のあと・2

 冬夜が所長用のデスクで、熱心に朝刊を読んでいる。


「今日のニュースは、っと」


 テレビやネットからでもニュースなどの情報はいくらでも拾えるが、冬夜は基本的に毎日、新聞で情報収集をしていた。


 もちろん、地元のニュースが多いのも理由の一つではある。しかし一番の理由は、子供の頃から父親に「新聞を読め」と厳しくしつけられたのがいまだに抜けていないせいだ。

 そのため、午前中にその日の朝刊を読むことは冬夜のルーティンと化している。


 しばらくの間、「ふむふむ」や「へー」などとひとごとを言いながら朝刊を読んでいた冬夜だが、ふとある記事に目を留めた。


「ん?」

「どうした?」


 冬夜の小さな声を聞き取ったらしい志季が、振り返ることなく問う。志季の顔はまっすぐテレビに向けられていた。


「ちょ、志季さん! 今の技は卑怯です! 反則ですよ!」


 一緒になってテレビ画面に夢中になっていたコハクが、焦った声を上げながら必死に抗議する。


 現在、志季は人間の姿になったコハクと一緒に格闘ゲームをしていた。


 普段はとても小さな黒猫のコハクだが、必要な時には人間の姿になることもできる。


 人間時の見た目はだいたい中学生くらいで、艶のあるストレートの黒髪に、ぱっちりとした大きな琥珀こはく色の瞳が印象的な少年だ。格好いいというよりも、どちらかと言えば可愛らしい顔立ちをしている。


 実際に学ランを着ているのだが、もちろん学校には行っていない。

 また、いつも学ランを着ているのには、本人いわくきちんとした理由があるらしい。


 冬夜はそんなコハクを微笑ましく眺めながら、話を続ける。


「ああ、志季は宗像むなかた財閥って知ってる?」

「宗像財閥? まあ名前くらいなら知ってるけど。とにかくすごい大きな財閥だろ。それがどうかしたのか?」

「『とにかくすごい』ってまたざっくりだなぁ。いや、財閥とかってお金持ちでいいなぁって思ってさ。通販で買い物し放題だよね」

「ここは万年貧乏事務所だからな。てかさ、また事務所に物増えてんだけど、いつの間に通販した?」


 これまでずっと背中を向けていた志季が、声を低めてゆっくり振り返ると、


「あ、いや、それは……」


 途端に冬夜はしどろもどろになりながら、さっと視線を逸らした。


「あれほど通販は控えろって言ってんだろーが」

「志季に俺の趣味を奪う権利はないよ!」


 今度は大人らしくなく、不満そうに頬を膨らませる。


 そう、冬夜の趣味は通販だ。暇さえあればネットや雑誌をチェックし、色々なものを買い漁っている。当然、テレビの通販番組も大好きでよく見ている。


 そして買ったものを事務所に無造作に置いておくので、片づけ係の志季に毎回注意されていた。


「確かにそれはそうだけどな……。でも金持ちだったらもっとすごいことできるだろ。例えば、アンタの好きな通販の会社だって自分で作れるだろうし」


 志季がそう言いながら、ゲーム画面の方へと顔を戻す。そこには、志季の使っていたキャラクターがガッツポーズで映っていた。


「んー、それもいいとは思うけど、通販は買うのが楽しいんだよね」

「はいはい、アンタはそういう人間でしたねー。あ、そろそろ昼飯の時間だな」


 呆れたように大げさに溜息をついた志季が、ゲーム画面から掛け時計へと視線を移す。


「ちょっと志季さん、また勝ち逃げするつもりですか!?」


 そんな志季の姿を、いつもと同じく負けたコハクが、恨めしそうに睨みつけていた。


「勝ち逃げも何も、『また』負けたコハくんが悪いんだろ」

「もう、何でそういう言い方するんですか! それにボクの名前は『コハク』です! 略さないでくださいって何回言わせるんですか!?」


 しれっと返した志季に、コハクの機嫌がさらに悪くなる。

 だが、またも志季はそれに構わず続けた。


「だって、『コハクくん』って言いにくいし。ならオレのことも『志季さま』って呼んでくれてもいいんじゃねーの」

「ボクのご主人さまは冬夜さまだけなんです! だから志季さんに『さま』なんて絶対つけませんよ」

「ああ、そう。コハくんはホントひどいよなー。冬夜だってそう思うだろ?」


 志季は先ほどの冬夜と同じように頬を膨らませるコハクを華麗にスルーして、冬夜に同意を求める。


「二人ともほどほどに……」


 そろそろ仲裁に入ろうと冬夜が口を開いた時、デスクの上に置いていたスマホがまた鳴った。


 冬夜は持っていた朝刊を閉じると、デスクに置く。それからスマホを手に取ってまだ明るい画面を見るが、すぐに不思議そうな表情で首を傾げた。


「協会からのメール……って、さっき振り込みの連絡来たよね? 今度は何だろ?」


 その言葉に、今度は志季とコハクが揃って首を捻り、顔を見合わせたのだった。


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