第4話 協会からの調査依頼

 今日の昼食は、冬夜が朝に作っておいたカレーである。


 冬夜は辛いものが好物なのでもちろん辛口だが、志季とコハク――特に志季は辛いものが苦手なので、二人用にきちんと甘口も用意されていた。


「で、さっきの協会からのメールって何よ?」


 志季が甘口のカレーを口に運びながら、テーブルを挟んだ正面にいる冬夜の顔を見る。冬夜の隣では、コハクがひたすら無言でカレーを口いっぱいに頬張っていた。


 ちなみにコハクは人間の食べ物が大好きなので、食事の時は基本的に人間の姿である。そのうえ大食いのため、玖堂家のエンゲル係数は常に高めだ。


「うん、何かこの近くで起こってる怪奇現象を調査してくれって」

「怪奇現象?」

「ここ数日、夕方になると川に引きずり込まれそうになる人が何人か出てるんだってさ。幸い、まだ亡くなった人はいないみたいだけど」


 自分用の辛口カレーを口にした冬夜がそう説明すると、


「ああ、近くで起きてる事件だからうちに依頼が来たのか」


 志季は納得したように頷いた。


 退魔師協会からの事件調査の依頼は、所属している事務所の中から事件現場に近いところが選ばれることが多い。

 単に交通費をケチっている、という噂もあるが、真偽は不明だ。


「多分そういうことだろうね」


 最後の一口を飲み込んだ冬夜が食器を手に席を立つと、志季も慌てて立ち上がった。


「ちょっと待て。毎回言うけど、片づけだけはするな」

「たまには自分で片づけようとしてるのに、志季はそれを止めるの?」

「アンタが料理以外のことやると後が大変なんだよ。オレの言ってること、間違ってないだろ?」

「……あー、まあね……」


 ばつが悪そうに顔を背けた冬夜の手にある食器を、志季がすかさず取り上げる。


「皿洗いするたびに割られる食器たちの気持ち、考えたことあるか?」

「いやぁ、それはないかな……」

「だったら次からはそれを考えろ。割った後の片づけも大変だし、アンタがいつどれだけ壊しても大丈夫なように、食器を多めにストックしておくのも面倒なんだぞ。金だってかかるし。そもそも食器のストックって何だよ。洗い物くらいコハくんにやってもらえ」


 志季は苦笑を浮かべる冬夜にそう告げて、さっさとキッチンに向かっていった。



  ※※※



「それで、今回の依頼はどうするんだ?」


 志季がキッチンで食器を洗いながら、のんびり食後のコーヒーを堪能している冬夜に声を掛ける。


 マグカップから口を離した冬夜は、特に考える素振りをみせることなく即答した。


「まあ、事件ってことは被害に遭ってる人や困ってる人がいるってことだから、放ってはおけないし、まず断る理由はないよね。それ以前にうちは一番下っ端の事務所だから断れるほど偉くもないし、昨日の報酬だけでどこまで生活できるかもわからないからね」

「ここに来る依頼だから、それほど大変な案件でもないだろうしな」

「……だよね。またハズレかなぁ」


 志季の言葉に、冬夜の表情が途端に曇る。それから眉尻を下げて、気弱そうに笑った。


 協会からこの事務所に来る依頼はそれなりにあるが、非常に残念なことに大半がハズレ枠の除霊や浄霊ばかりである。


 決して、協会側がわざとそういった依頼をよこしているわけではない。確かに来る依頼はわりと簡単なものが多いが、それはまだこの事務所が協会に所属して日が浅いからだ。


 幻妖の退魔――当たりの案件が来ないのは、単に運が悪いとしか言いようがない。

 それは、もしかしたらこの事務所に疫病神やくびょうがみでも憑いているのではないかと疑うレベルである。

 退魔師に見えるのは幻妖や幽霊だけだ。神様は見えないのだから、疫病神がいても誰も気がつかない。


 そういうわけで、収入を得ようとすれば、ひたすら数をこなすしかない。除霊や浄霊の報酬はそれほどいいとは言えないが、まったく報酬がないわけではないのでそれで稼ぐのだ。


 それに数をこなしていると、たまにだが当たりを引くことだってある。実際、昨日の案件がそうだった。


「まあ除霊や浄霊だって仕事は仕事だし、報酬はちゃんともらえるんだからいいだろ。これで報酬なかったら絶対やらないけどな」


 食器を洗う音と、苦笑の混じった志季の声が奥から聞こえてくる。


「うちはいつもお金に困ってる事務所だから、確かに少しでも報酬がもらえるのはありがたいんだけど、こうもハズレが多いとね……」


 冬夜がマグカップをテーブルに置いて小さく溜息をつくと、洗い物を終えた志季が戻ってきた。


「協会のおっさんたちはアンタのことを『ヘタレ』って言いながらも、うちに仕事を回してくれるんだからそれはありがたく引き受けとけよ。ホントに使えないと思ってたら、依頼なんて一つもよこさないはずだろ。それに今回だってまだハズレって決まったわけじゃないし」

「うん、そうだよね。さっきも言った通り、ちゃんと引き受けるよ」

「そうしとけ」

「じゃあ、夕方になったら早速調査しに行ってみようか。困ってる人がいるのはやっぱり見過ごせないし、事件は少しでも早く解決した方がいいもんね」


 志季の励ましに、冬夜が気を取り直して顔を上げる。そのままそばに置いていたスマホを手にすると、協会に依頼を引き受ける旨のメールを送ったのだった。


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