32

あれから熊には会えてなくて、連絡も来ない。



「お疲れ様~。」



今日は桃の送別会。明日で出勤するのが最後だそうだ。一応来てみたものの、やっぱり大人数の飲み会は得意じゃないみたいで、合コンの時と同じように席の隅の方でちびちびとお酒を飲んでいた。


こういう時に熊がいればすぐ話し相手になってくれるんだけどな。


桃は本日の主役だから、みんなの中心にいて楽しそうに飲んでいた。そして、私の隣にいるのは、



「寂しいな。」



魚。さっきからずっとこれ。お酒を飲むペースも相当早い。もう私が話しかけても会話になんてならない。


お酒をおかわりしようとする手に、私は水を渡して、これお酒だよ、と嘘をついて飲んでもらう。そして、美味しそうにお水を飲んでるから、多分もう味とか感覚とかもバグってきてるんだと思う。こういう大人にはなりたくないね。



「柚葉飲んでる?」


「飲んでるよ。」


「もっと飲めよ。」


「あなた、ちょっと飲みすぎよ。」


「酒飲まないとやってらんないだろ。明日で最後なんだぞ。」


「そうだけども。明日も仕事でしょ。」


「大丈夫、夜勤だから。」



そういう問題じゃないんだよな。ずっと魚の隣で魚の相手をしていると、いつの間にか桃が近くに座っていた。



「先輩、飲み過ぎですって。」


「桃沢、俺寂しいんだよ。」



そう言いながら桃に抱きつく魚。なんだこれ。私は呆れた顔をして、御手洗に席を立った。



鏡の前に立って、深呼吸をひとつ。


本当は桃ともっと早く蹴りをつけたかった。最近は連絡は来るものの、会うことは無かった。私が気分じゃないのもあるし、単に予定が合わないというだけなのもある。このまま仕事でも会わなくなって、連絡もどんどんフェードアウトしていけば、それでもいいと思うのだけれど。多分桃が許してくれないし、しつこく連絡が来ることが目に見えている。


手を洗ってから御手洗から出ると、桃が居た。待ち伏せされてたか。



「柚葉さん、ふたりで話そう。」



そうね。話さないといけない。


私は桃の後について店の外に出た。


まだ寒い。店内から聞こえるがやがやした音から少し離れて、開放感を感じた。


私と桃だけ。ここにはふたりだけ。



「最近予定合わないね。」


「そうだね。」


「柚葉さん、あのね、僕、」



途切れ途切れ言う桃。この後の言葉はあまり聞きたくないかもしれない。



「僕、柚葉さんのこと好きだったんだけどね。というか、今も好きなんだけどね。柚葉さんが僕のこと見てくれてないの、気付いちゃった。」



桃は少し俯きながら言った。



「あの日、ちゃんと告白すればよかった。」


「うん、」



私はそれしか返せなかった。


私もちゃんと、告白されたかったよ。

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