20

今の家で暮らし始めたのは2年前。ちょうど彼氏と別れた時だった。環境を変えたくて、自分がやったことないことをやってみようと思ったことがきっかけだ。だから、3人と出会ったのも2年前。偶然にも集められたように集まった4人だったのだ。


元彼はとても淡白な人だった。何に対しても興味を示さないような、自分の生きることに関わること以外はいらない、なんて言うような。余計なものとは関わらないような性格だった。だから、私もいらないと思われて捨てられたのだと思う。


私が一方的に好きで、告白して、なぜか奇跡的にお付き合いすることが出来て、私は凄く嬉しかったし、彼といる時間はやっぱり特別だった。


でも、彼は私といる時間も他の時間も同じようだった。誰といようが彼は彼で、自分の必要なことだけを取り込んで生きているようだった。


そんな淡白な彼が私に唯一プレゼントしてくれたものが、小さな猫のネックレスだった。「柚葉は猫みたいだから」なんて言われたけど、私からすれば彼の方が猫みたいだった。だから、私はそのネックレスを彼の分身みたいに感じて肌身離さずに持っていたのだ。


ある日、ネックレスを亡くしてしまったのだ。どこを探しても無くて、私は泣くほど後悔した。だけど、彼にそのことは言わずにいたのだ。そして、その数日後に私は彼に振られてしまった。その時に、ネックレスが離れていったのは彼が私の隣から居なくなることを示していたのだと感じた。


それからネックレスのことなんて忘れていた。どこに行っても、もうどうでもいいと思っていたから。新しい家にも、彼を思い出すようなものは何も持っていかなかった。だから、今の家には彼の残り香なんてひとつもなくて、大袈裟に言えば元彼を思い出すことなんてもう無いだろうと思っていたのだ。


桃から渡されたそれに、私は何も返事することが出来なかった。それよりも、元彼を思い出してしまったことの方が、私の中では大きな出来事だったのだ。



「柚葉さん?最寄り駅まで着いたよ?」



車の中で桃とは一言も話が出来ていなかったと思う。だって私の最寄り駅まで来ているなんて今知ったのだから。



「ああ、ごめん。ここでいいよ。ありがとう。」


「柚葉さん、大丈夫?」


「うん、大丈夫。少し疲れたみたい。ありがとうね。」


「ゆっくり休んでね。」



助手席から出て桃の車を見送った。桃に申し訳ないことをしてしまったな。


雨はまだ止まない。傘をさして家までの道のりを歩いた。


夜勤明けの雨の日はいいことが無いことを私は知っているのだ。だから今日も、そう。この左手に握ったままのネックレスをどうしようか。頭の中はそればかりで支配されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る