19

月が変わった。来月にはもう新年度になる。新卒の子も何人か入って来ると聞いた。まあ、私には関係の無い話だ。正社員でも無ければ、教える立場に立つ人でもないから。


仕事が終わってから外に出ると、今日は珍しく雨が降っていた。いつもとは違う冷たい空気を吸い込んで傘を差す。


いつものようにイヤホンをしてから、お気に入りのシティポップを流そうとした時、イヤホンから聞こえてきたのは着信音だった。画面には『桃』と表示されていた。



「はい。」


「柚葉さん?」


「そうだけど。」


「え、電話だとそんなに機嫌悪いの?」



機嫌が悪いのではなくて、電話が苦手なだけ。しかも、タイミングを知っているかのように見計らって掛けてきた桃に少しだけイラッとしてしまった。これは、雨だから気分が下がっているのもあると思うけど。



「いつも通りだよ。何?」


「あの、迎えに来てて、」


「はい?」


「この間一緒に遊んだ時、忘れ物してたから。勝手にごめんね。」



耳を疑った。そして、駅前に丁度着いた私は、薄いピンク色の軽自動車の運転席に桃を見つけてしまったのだ。電話を切る前に、桃の乗っている車の方に私の足は向かっていた。



「あ、柚葉さんいた。隣乗って。」



イヤホンから聞こえた桃の声。その後すぐに電話の切れた音。私は桃の乗っている車の助手席の扉を開いた。



「お疲れ様。」


「何してんの?」


「だから、忘れ物を。」


「また今度でいいじゃない。」


「いいじゃん。とりあえず乗ってよ。家まで送るから。」


「送んなくていいよ。」


「もう、僕来た意味無いじゃん。早く乗ってよ。」



桃があまりにもしつこいから、仕方なく私は助手席に乗り込んだ。扉を閉めたのを見て、すぐに車を出す桃。慌ててシートベルトをして、もう一度桃に問いかけた。



「なんで来たの?」


「忘れ物、早く届けた方がいいと思って。」



そもそも桃の繰り返し言う“忘れ物”が、私には何のことか全く分からなかった。私は何を忘れたのだろうか。



「大したものじゃないでしょ?」


「大したものだよ、多分。これ。」



桃が私に渡してきたのは、小さな猫のモチーフが付いたネックレスだった。



「これって、」


「大事なものなんじゃないの?」



なんでこれを桃が持っていたのか分からなかった。私自身、持ち歩いていたなんて自覚は無かったから。どこから出てきたのだろうか。



それは2年前に別れた元彼から貰ったネックレスだった。

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