5・かたぬき

月かげをおほふなき駅のきざはしにひしひしとわがくだりゆきけり


非常時の映像に非常階段は映されをりき伯林ベルリン陥落


みづからをなみするはたらき濃く淡く濃き時いつも窓を開けをり


うつむきの加減に吉本隆明は不意に宇野重吉と見えたり


加害者の心をいはぬ童話集   べるすべなく何度も読みき


水に手をひたして傷がいたむやうに神話崩えたる後を育ちき


廃田に神を云々する看板立ち古りて曇天を背負へり


そのことは皆まで言はずとはゆかず入江には碇投げ入れるもの


何のため疎まれてプラットホームの照明はつか逸れて立つべき


カーディガンの人にとり僕はやさしさかとほさかカーディガンの人に問はず


改札を抜け一列に出口へと向かふ群衆あほらしかるも


敗北はひなたぼこりの中にゐて呼吸いきするごとく肺胞侵す


あかねさす輪郭を持ち森のマチエール濃く指に戻ることあり


裁かるるジャンヌのごとき傾ぎもてはつかの眠りを君憩ふらし


  犀星の句

うた告ぐる人もあらなく夏あはれれゆきおのがゆくへ知らずも


ラース・フォン・トリアーなんて知らないが窓の光にあくび放てり


ことば降る逃れがたさの雪野には視野はるけくて涙誘はる


一輪が散りばらばら落ちる脆さにも春を思ふと言はば言ふべく


雨こもる下界にしばしもだえつつ風は一つの答も知らず


われにある水深すいしんふかめてくれし人送る帰りに夕焼は見つ


天国への距離測るより慎重に垂らさるるべし鉛ひとかけ


人間じんかんに疲れたる器官睡らせて息ふきかへす保証あらざり


流涕りうていのあとさきに人思はざることなく辛夷の花を破りぬ


どてつ腹ぶち抜かれたるさみしさへ余罪の色に雪はふりつむ


月刊誌閉ぢれば糊の欠けしノド見つけてしまふ寂しからずや


舌も右利きだらうか左にばかり傷つくりしわが前青年期


関東助詞といふものあらば関西助詞あるべしあらへんやろか知らんけど


花のきみ恋の殺めも知らぬかな血を流す友人に隣りて


わが見ざるものを見てゐしともしさに美しく愛しき日本燃ゆ


言い余す心の形に型抜きは割れて舌のはつか溶けざる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る