久保 心

第1話 水深

林を掻き分けた先には、壮観な景色が広がっていた。山々に囲まれているこの澄んだ湖に、一縷の光が水面に突き刺さ差っているかのように見えた。頭を少し右に傾けると、湖岸を跨いだ小屋が一軒見えた。気づくと、片足が水中に浸かっていて、けれども、寒気というよりも、不思議と温かみを感じていた。私は、小屋に向かって前進した。然し、平屋との距離は一向に縮まることはなく、もはや、遠のいているように感じた。ふと思った。私は何故、この湖に来たのか、何故林を掻き分けていたのか。途端に分からなくなった。呆然と浅瀬を立ち尽くしていると、泥濘に足が取られる形で横転してしまった。水中に漂う感覚が全身に染み渡る。生暖かさを感じ取り、温覚が身体中を伝う。瞼の裏に浮かぶ。私が歩いていた浅瀬は何だったのだろうか、あの小屋の正体は何なのか、けれど、この湖水の温もりが四肢の脱力を促して、私は機能停止になった。瞼を開くと、朦朧とした青黒い深海の景色が際限なく広がっていた。その光景を見て、私は、自分を哀れだと思った。


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久保 心 @kuvo

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