第20話 デート②
「前に真羽と炭花が美味しいと話していた店じゃ」
「すごくお洒落なお店ですね」
なんか、パリとかにありそうなお店だ。
私一人だったら勇気が出なくて絶対に入れないところ。
「ほれ。入るぞ」
「あ、はい」
姐さまに連れられて中に入るとショーケースに色とりどりのケーキが並んでた。
奥からは紅茶の香りと談笑の声も聞こえてくる。
「何名様ですか?」
「二人じゃ」
「かしこまりました。ご案内します」
窓際の席に案内された。
クッションが柔らかい。座ったら沈んだ。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
これまたお洒落なメニューを渡された。
20種類のケーキと12種類の紅茶が載っていた。
「この季節のフルールタルトが美味しいと真羽が言っておった」
「ならそれにしましょうか。紅茶はどうします? 私あまり詳しくなくて」
紅茶自体はたまに買って飲んでいた。
眠い時や頭が回らない時によくペットボトルに入った甘いやつを飲んでいた。
でもこういったお店で紅茶を飲む機会はなかった。
だから紅茶の種類なんてわからない。
「そうじゃのう。モカはどんな飲み方が好きじゃ? ストレートか、レモンティーか。それともミルクティーかえ?」
「ミルクティーです」
いつもお砂糖と牛乳がたっぷりのを買っていた。
「ならアッサムが良いじゃろう」
聞き覚えはある。多分CMかなんかで言っていたのだろう。
それかラベルで見たか。
とにかく有名なやつだ。
「香りが良くコクもあって、ミルクティーにしても紅茶を感じられる茶葉じゃ」
「詳しいんですね。ならそれにします」
姐さまも紅茶を選んで、注文した。
ケーキが運ばれてくるまでの間、姐さまはどういう気候でいつごろ摘まれた茶葉が美味しいかについて解説してくれた。
まるで姐さまを語っている時の私のように楽しげに話していた。
姐さまも趣味を楽しめる余裕があるようで嬉しい。
「それにしても姐さまが紅茶に詳しいのは意外でした。てっきり緑茶はかと」
「元はそうじゃった。ただ調べていくうちに紅茶も出てきて気付けば詳しくなっていた」
「そうなんですか」
本当に推し活中の私の姿にそっくりで笑ってしまう。
私も姐さまをきっかけに様々なことに手を出した。
3DCGもその一つだ。
推しの力ってすごい。
「お待たせ致しました。季節のフルーツタルトとアッサムティー、ジャワティーです」
宝石のようなフルーツが乗ったタルトと紅茶がやってきた。
季節のフルーツは柿、林檎、蜜柑だった。美味しそう。
お洒落だ。
「いただきます」
フォークを手に取りおそるおそる口にする。
「美味しいですね!」
甘いカスタードクリームとサクサクのタルトの相性が最高だ。
その上でフルーツが良い。
ほどほどにやわらかく甘い柿、シャキシャキでしっかり果汁のある林檎、甘さと酸っぱさのバランスがちょうどいい蜜柑。
このタルトは全てが整っている。
見た目がお洒落なだけでなく味も最高だ。
「そうじゃのぅ。美味しいのぅ」
姐さまも美味しそうにタルトを食べている。
美しい。和な姐さまと洋なタルト。絵になるなぁ。
語彙力が溶けるよ。
いったん落ち着くためにも紅茶を飲む。
綺麗な装飾のついたティーポットからカップに紅茶を注ぎ、ミルクを入れて混ぜる。
「いい香りですね。姐さまに選んでもらってよかったです」
ミルクを入れてもしっかり紅茶の香りと味がする。
姐さまに聞いた通りコクがある。
独特なパンチのある香りも結構好きだ。
本当に姐さまに任せてよかった。
「気に入ってもらえたようでよかったのじゃ」
姐さまは嬉しそうに微笑んだ。
美しい。ここに絵師を召喚してこの光景を絵にして貰いたい。
「本当にモカには感謝しなければのぅ。モカがいなければこうやってゆっくりとした時間を過ごすこともなかったじゃろう」
タルトを食べ終わったあたりで姐さまが不意に口にした。
私が来てから収入は2、3倍に増えたらしい。
それまでは毎日へとへとになるまでダンジョンに篭ってモンスターを倒さないと生活できなかったらしいが、今はそこまでしなくても大丈夫だ。
少量の魔石があれば私は依頼をこなせる。
商業ギルドの依頼は大きいものだと1ヶ月かかることを想定して報酬が設定されている。
でも私の錬金術のような能力を使えば数秒で終わらせることができる。
だからそれなりの収入になるのだ。
「私は見知らぬ異世界で拾ってもらった恩がありますし、なにより姐さまと過ごせることが嬉しいのです。だから気にしないでください」
「モカはよくわっちと過ごせるのが嬉しいというが、どうしてそう思うのかえ。あ、これは単純な疑問じゃ。故に嫌なら答えんでも良い」
姐さまは眉を下げて不安そうにしている。
「姐さまが素敵な人だからですよ。美しくて強い素敵な人と一緒に過ごしたいだけですよ」
「それだけかえ? それだけで其方を妹と重ねるような人間のもとに止まるかえ?」
姐さまはいっそう不安そうな顔をした。
そろそろ本当のことを話すときなのかもしれない。
「姐さま。私は話していないことがありました。姐さまは前世の私の推しだったのです」
「推し……それはなんじゃ?」
「私に取って推しとは神の使い、天使です」
神である原作者が私たちのもとへ使わしたのが作品内のキャラクターであり推しであり天使である。
私はそう考えている。
「一種の宗教ですね。だから作品内で姐さまが死んだ時も、原作者が死んだ時も、私に取って世界が揺らぐほどの大事件でした」
あの時のことはあまり覚えていない。
ただ世界が真っ暗で何も見えなくて何もなくてただただ世界が壊れる恐怖だけがあった。
「怖くなって私はベランダから飛び降りて死にました」
それが自然なことだと思っていた。
今もそれが自然なことだと思う。
二度と開くことのない幕が開くのを待つなんておかしな話だもの。
「そうじゃったか。モカの中でわっちは思っている以上に大きな存在だったんじゃのぅ」
「これは過去の話ですけどね。今は明白で原始的で、もっと大きな感情が存在してます」
「それはなんじゃ?」
「まだ秘密です。しかるべき時が来たら話します。だから安心してくださいね」
この恋心を話すにはタイミングが悪い。
この気持ちを打ち明けるのは夢を叶えた時のような特別な時がいい。
そう思う。
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