第17話 🪽真羽の苦労と楽しみ

 ――真羽の視点


「月夜さんはこじらせてるなぁ」


 買い物袋を持った真羽はため息をついた。

 月夜さんはモカが心配らしくずっと側を離れない。

 過保護だとは思うが、事情が事情に止められない。


「うまくまとまるといいけどな」


 市場のあたりをぶらぶらと歩きながら思う。

 お互いの想いがすれちがってこんがらがって仲違い、なんてことが起こらないといいけれど。


「お兄さん。ひまー? 一緒にお茶しない?」


 明るめの茶髪の女に話しかけられた。またナンパか。

 今日だけでも5回目だ。

 男装が上手いという証なので悪い気はしないが、気まずいんだよな。仕方ないか。

 ナンパする方が悪い。


「ごめんね。お姉さん急いでるから」

「えー! 女の子だったの」


 女はおおげさに驚いている。うさんくさい。


「でも、美人だしな。一緒に話そーよー」


 ときおりこういった断るのが大変なタイプの人間もいる。

 30人に1人くらいだろうか。わりと多い。


「荷物重いからごめんね」

「えー。じゃあ私が持つよ!」


 しぶとい子だ。ナンパするにはこれくらいで折れるわけにはいかないのだろう。


「はやく帰らないと行けないの」

「じゃあ荷物持つから一緒について行く!」


 泊まっている宿がバレるなんてごめんだ。

 一度ナンパしてきた女が宿まできて暴れるなどというひどい事件があった。

 墨花に「また女ひっかけてきて……」と冷たい視線を浴びせられた。

 勝手についてくる方が悪いんだ。昔は適当に巻き込んで殺すのが常だったが、今の世界ではそういうわけにもいかず、なかなか面倒だ。


「大丈夫だから」

「いやいや。大変そうだし、手伝うよ! あと私もっとあなたとお話したいの」


 もう、うっとうしい。


「マジでうるさい。どっかいけよ、このブス。さっきからグチャグチャうっせえんだよ!」

「は? 私が……ブス? そんなわけないじゃない! 私は可愛いのよ」


 ちゃんと不快になってもらえたようだ。

 あの女がわめいてる間にさっさと帰ろう。


 宿に戻ると月夜さんがゲッソリとした表情でクッキーをかじっていた。

 モカはハンモックでぐっすり寝ている。


「どうしたんですか?」

「モカに、色々とバレてしまってのぅ」


 やはりそんなことか。

 あんなにわかりやすかったんだ。

 何もおかしなことではない。


「秘密なんていつかはバレるものですよ。モカの反応はどうだったんですか?」

「かまわない、と」

「そうですか」


 面倒がられたのだろう。

 私があの女を面倒に思ったようにモカも月夜さんの行動を面倒だと思ったのだろう。


「なにか対策を考えたほうがいいですね」

「そうじゃのぅ。何か、妹とは違う何かがあれば、良いかもしれぬ」

「アクセサリーとかどうですか?」

「それは名案じゃ」


 モカの黒く美しい髪に似合うもの。そしてよく目立つもの。


「リボンとかはどうっすか?」

「たしかに大きいものなら目立つ。それに、きっと似合う」

「なら夕飯まで時間もありますし、今から買いに行くのがいいでしょうね」

「そうさせてもらう」

「はーい。いってらっしゃい!」


 月夜さんが部屋を出てからモカをみる。

 傷はもうほとんど治っている。

 でも斬られた痛みはきえないだろう。


「どうしてモカはあんな無茶をするかな」


 わざわざ戦わなくてもいいのに、どうして相手をしたのだろうか。


「俺も心配したんだよ」


 かわいい弟子にはあまり痛い思いをしてほしくない。

 傷は時間が経てば治る。

 でも受けた痛みはずっと残る。自分自身、寝るときには昔受けた痛みを思いだす。

 カッコいい自分を演じて、何も怖くないフリをして、なんとか痛みと恐怖に耐えている。でも苦しい。

 モカにはこんな思いしてほしくない。

 可愛い弟子はずっと幸せに暮らしてほしい。


「俺のことをどう思っているかは知らないけど、俺にとっては大切な弟子なんだ。もうちょっと自分を大事にしてくれよな」


 モカの布団を直してやる。

 モカはぐっすり眠っている。


「さて、夕飯を作るか。あったかいシチューにしよう」


 もうすぐ冬になる。

 そのうち雪も降るだろう。


「そろそろマフラーとか手袋とか用意しないとな」


 あと墨花に新しい帽子も買わないとな。

 去年は耳が寒い寒いと文句を言っていた。


 あとはモカの防寒具。あの格好だとさすがに風邪をひく。


「月夜さんとデートにでもいかせるか。うん。それがいい」


 お互いの帽子を選び合いっこしたらきっと楽しいだろう。

 疲れたら近くのカフェにでもよって、美味しいケーキと紅茶を楽しんで。帰りに雪でも降ってくれたら最高だ。めちゃみたい。


 事前に炭花を連れ出して、買い物に行ったら自然と二人っきりでお買い物になるな。

 炭花は甘いものを渡せば協力してくれるだろう。


「楽しみだなぁ」


 二人の様子はきっと絵になる。

 時間があるときにでも描いて、フリマに持って行こう。


「おはようございます」


 モカが起きてきた。寝起きなのに目はぱっちり。どうしたのだろうか。


「真羽さん。ちょっと相談いいですか?」

「ん? どうしたんだ」

「私、その……姐さまを好きになってしまったんです!」


 これはおもしろくなってきた。

 モカは月夜さんのことを面倒に思ったのかと思ったが、まさか好きになったとは驚きだ。

 確かに好きな相手なら何をされてもあまり気にならないな。


 この二人。俺が絶対にくっつけてみせる!

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